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大丈夫。すべては「ままごと」から始まってる

2019.03.04

こんにちは、萩ドットライフ()です。

セミリタイア状態になり二拠点生活を試しつつ、人生設計を更新しようと行動をはじめて数ヶ月。全体的に停滞期なのですよ。はじめたばかりなので、まだ「ままごと」の最中なのは理解しているつもりなのですが、それでも落ち込みますよね……。

かれこれ2ヶ月、ずっと東京にいます

このブログのそこかしこに「二拠点生活をしています」などと書いていて、ちょっとしたチャレンジャー気取りではあったのですが、現在停滞中です。

2019年になってから1度も萩の作業場に行っていないのです。
原因はもろもろあって、

  1. 1月は交通機関が混んでて嫌だな
  2. 通院のタイミングと合わないな
  3. 厚生年金納付のタイミングと合わないな
  4. 確定申告でバタバタしちゃうし
  5. 萩の作業場の工事、まだ来ないの?

みたいなことなのですよ。

ちょっと補足すると、(2)の「通院」に関して、僕は血圧症や尿酸値を抑える薬を飲んでるのですよ、同時に抗不安薬も処方してもらいつつ、定期的に血液検査をしてもらっています。
なので5週間に1度は、東京にいなきゃいけないタイミングがあるのです。

(3)の厚生年金は、pay-easyで納付しているのですが、毎回納付番号が変わるのですよ。しかも毎月20日過ぎに郵送で送られてくるのです。なので、この近辺も東京にいる必要があるのです。「郵送じゃなくて、納付番号を確認する方法ない?」って年金事務所に確認しようと思ってはいるのですが、それほど切羽詰まってるわけではないので、そのままになっちゃってますね。

ちょっとイライラしてるのが(5)の「作業場の工事」なのですよ。
「萩の作業場」と呼んでいるところは、僕が生まれ育った家のかつては僕の部屋だったところを、使わさせてもらっています。いわば、居候してるのですよ。
一時期、父の趣味の部屋だったことがあり、そのときに、窓を増設したものですから「とても寒暖に弱い」構造になっているのです。
それを「窓をふさいで」「ドアをガラスじゃなくて木のやつにして」という工事を親戚の大工に依頼しているのですが、一向にやって来ないのです。
「作業場を使ってるときに工事来られるのも嫌だから、終わってから行くことにしよ」と思ったまま、今に至っているのです。

オッサンになっても「中二病」ってあるんじゃない?

たかだか2ヶ月空いただけで、なんてことないんですけどね。
「さあ、オレの二拠点生活が始まったぞ」と意気込んでただけに、ちょっと出鼻を挫かれたような気持ちになっているのですよ。

そういうことを言い出せば「セミリタイア」に関しても、このブログに関しても、もろもろのことが停滞中なのですよ。
「セミリタイアって言ってるけど、作業依頼はやってくるし、時間が完全に自由になったわけじゃないし、ただ収入を激減させただけじゃん?」とか「このブログ、もう開設して半年経過しようとしてるし、記事数も300記事に迫ろうっていうのに、全然アクセス増えないじゃん」と、落ち込んでいたりするのですよ。

そういう時期なのかもしれません。

「中二病」って言葉がありますよね。

中二病:
中二病(ちゅうにびょう)とは、中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動を自虐する語。転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/中二病(2019年3月4日現在)

この言葉を知ったのって、10年くらい前だったかな? と思っていたら、

ラジオ番組『伊集院光のUP’S 深夜の馬鹿力』で生まれた造語。1999年1月11日放送の同番組内でパーソナリティの伊集院光が「自分が未だ中二病に罹患している」と発言し、翌週から「かかったかな?と思ったら中二病」(1999年1月18日 – 3月22日)というコーナーを立ち上げ、リスナーから募った「症例」(と銘打った投稿ネタ)を体系化させていった。

という記述もありました。
そうそう、僕も「大人でも中二病っぽい現象、あるよね」ということを書きたかったのですが、もともと大人が罹ることを前提とした言葉だったのですね…。ま、いいや。

僕は「大人の中二病」をワリとポジティブに捉えているのですよ。
なんとなく「現実は厳しい」「費用対効果を考えろ」「それで差別化できるのか」「もう先行者利益は他人のものなんじゃないか」みたいなことを理解してる人、思う人、言う人が大人ってことになってますよね。

「チャレンジしない理由をいっぱい持ってる人」が大人だと。

だったらオッサンになっても定期的に中二病に罹ったほうがいいんじゃないかと思うのです。
たぶん、僕は今そんな時期なんじゃないかな? 20数年前にフリーランスになったときも、こんな感じでした。

「ままごと」なのだから、ダサくてショボいに決まってる

僕は今50代半ばなので「いい年」をしてるのですよ。
いい年をして、自意識を肥大させながら、ちょっとしたチャレンジャーを気取っているのです。
で、ちょっと歩みが停滞したところで、フと我に返って「なんで、オレがやるとこんなショボい仕上がりになっちゃうんだ?」と。
そういうふうに思うのですが、中二病に罹患しているので、止まらないんですよね。

前述のとおり「セミリタイア」「二拠点生活」をしつつ、人生設計を更新しようと行動をはじめて、まだ数ヶ月なのですよ。

ダサくてショボい「ままごと」をやってる最中なのですよ。

自分の半世紀の人生を振り返っても、まわりのいろんな人々の話を聞いても、おしなべてそんなものだと思うのです。
最初は「ままごと」のことをチャレンジと呼ぶのですよ。
ダサくてショボいに決まっているのです。

「デザインの仕事に就きたい」と思いつき、作り始めた謎作品の数々を思い出したり、フリーランスになったばかりの頃に出会った人々に言われた言葉の数々を反芻しながら「あれもこれも『ままごと』から始まったな」と過去を振り返ってみたりしています。
自意識の大きさと、自分でできることの小ささの対比が、笑えるほど滑稽なのですよ。泣けてくるのです。
そして、またこうして繰り返すことができるのが嬉しいのです。

とりあえず、僕はまだ行動を移したばかりなのですから「成果が出ない」「何も変わらない」「他人が自分を褒めてくれない」などと言っていても仕方ないのです。
歩みを止めずに「ままごと」を続けて行こうと思っています。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。