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タバコをやめて、10年が経過しました

2021.04.11

こんにちは、萩ドットライフ()です。

タバコをやめてから、今日でちょうど10年が経ちました。決して強い意思で禁煙を決行したのではありません。メンタルを崩壊させ、その日を境にタバコを受け付けない身体になったのです。セミリタイアを考えるようになったのも、それがきっかけです。

10年前の今日、タバコをやめました

2011年4月11日が僕の禁煙記念日です。
東日本大震災のちょうど一ヶ月後なので覚えやすいんです。数字の並びもいいし。

それまで、何度も何度もチャレンジしていたのに、まったくやめられなかったタバコがこの日を境にまったく吸えなくなりました。

自分の意思でやめたのではなくて、身体が受け付けなくなったからなんですよね。

原因はおそらくパニック障害の発症です。

その前からずっと、動悸やら寂寥感を感じていて、なにもやる気が起こらない時間帯があったりして「俗に言われるうつの症状だなあ」なんてことは思ってたんです。
子供の頃から、急に他人とコミュニケーションを取るのが嫌になったり、感情を表に出すことに億劫さを感じることが多々あったので「そういう傾向もあるのかもね」くらいの自覚はありました。

でも、だいたいそういうのって、自分でそう思ってるうちは大丈夫じゃないですか。

なので僕も「まあ、そんな大したことにはならないだろ。更年期でバランスが崩れちゃってるのかもしれないしな」くらいの気持ちで過ごしていました。

ただ、この日はちょっと様子が違っていて、なんだか重苦しい気持ちの日だったんですよね。
何をやっても手につかず、同じことを10分続けるのも苦痛だったんです。

夕方近くだったでしょうかね。

これまでにないような動悸が起こるし、シャツの首周りや背中がぐしょぐしょになるほどの汗が出るし、体中の内蔵を下から引っ張られてるような感覚に見舞われたんですよね。
何が何やらわからない状態が起こっては消え、起こっては消えを繰り返すのですよ。

わりと恐怖ですよ。

すぐに「これはただ事じゃないぞ」と感じました。

気を落ち着かせるために、タバコを何本も吸いました。

でも、間欠的に気も遠くなるような感じありましたので「タバコを吸ってる間に気を失ったら火事になっちゃう」なんてことを考えていました。
火を付けて、ひと口ふた口吸っては消し、また火を付けるを繰り返していたように覚えています。

「ように覚えています」というのは、頭の中がパニックになっているので、ちゃんとした記憶が残っていないんです。

生まれてはじめて救急車を呼びました

結局、救急車を呼んだのですよ。
もしかすると、ほんの数分間のできごとだったのかもしれませんが、自分では何時間も続いていたような感覚だったのです。

いつまで続くかわからないし「何もできなくなる前に、手を打とう」と…。

ちゃんと「あなたは、パニック障害です」と診断されたわけではありません。

「まあ、俗に言うパニック発作ってやつなんでしょうね」
「それよりも必ず明日、内科に行ってください」
「重大な症状が見られますので、まずはこっちをなんとかしましょう」

みたいな話をされました。

血圧が250mmHgくらいあって、心拍数が20回/分くらいでしたし、かなりひどい心肥大の症状がみつかったのです。

病院に向かう途中でだいぶ気は落ち着いたし、降圧剤をもらってしばらく安静つつ、医師や看護師と会話をしていたら、血圧は180くらいまで下がったのです。
それでもずいぶん高いですけどね。

「いいですか、明日かならず近所の内科もしくは総合病院に行ってください。明日ですよ、今週中とかじゃないです」と言われながら申し送り書みたいなものを渡され、帰されました。

着の身着のままの寒い格好で救急車に乗ったので、帰りもちょうど救急病院前で客待ちをしていたタクシーに乗って帰りました。

家についてまず思ったことが「はあ怖かった、タバコ吸いたい」でした。

いつも通り火を付けて吸い込んでみるのですが、これがダメなのです。
どういうわけだか、数時間前のパニック発作の記憶が蘇っちゃうんですよね。

早起き、朝ランの習慣もこの日がきっかけでした

次の朝も、当然のようにタバコを吸おうとするのですが、ダメでした。
もう、発作の記憶が蘇るというほどではありませんでしたが、ものすごく不味いのです。

以来、タバコが吸えなくなりました。
ものすごく吸いたいんですけどね。

救急病院でさんざんビビらされたので、次の日近所の病院に行き、その日から降圧剤投与による治療が始まりました。
パニック発作の話もしたのですが「まずは血圧と心臓の治療しましょ。メンタル的につらいときには、頓服的にこれ飲んでください」と、抗不安薬を処方されました。

「それでもツラいようでしたら、心療内科の先生との連携を考えましょう」と。

それからしばらくの間は、軽く発作が起こったり、夕暮れ時に寂寥感は続いていたのです。
そのたびに抗不安薬を飲んでいました。

でも、血圧をコントロールして心肥大も治ったら、不思議と発作が起こることはなくなりました。
抗不安薬はいまでも、睡眠の質を良くするために処方し続けてもらっています。

厳密に言うと、ちょっとした寂寥感とか動悸、誰ともコミュニケーションを取りたくない時間帯の存在は、ずっと残ってますけどね。
「こんなもんかな」とか「これも性格のうちかな」くらいに解釈しています。

この2011年4月11日以降、ちょっと休むことにしたのですよ。

幸い、ちょうど案件の谷間で、制作中のものは1本だけだったんですね。
しかも、打ち合わせが始まって、デザイン段階、コーディング前くらいのフェーズ。

関係者に事情を話して、この案件を仕事仲間に引き継いでもらい、運用案件だけにしてもらったのです。
数本の運用案件を抱えている状況を「休み」と言うかどうかは謎ですが、僕にとっては相当楽な状況を作ってもらいました。

その後、3ヶ月程度でまた現場復帰しました。

この発作の日を境にタバコが吸えなくなったのと同時に、翌日から突然、朝型になりました。
そして、ネットで「うつ」とか「パニック障害」でググると「朝日を浴びるといい」「運動するといい」と書いてあったので、朝ランの習慣が始まりました。

  • 禁煙
  • 早起き
  • 朝ラン

の習慣は、いまでも続いています。

セミリタイアを考えたのも、これがきっかけです

自分でもかなりショックなできごとでした。
それまで「無理の利く自分」が、頼もしかったし、そんな自分をどんどん乗せることばかり考えてましたからね。

「これまでのやり方、ダメだったんだ」「頭を切り替えなきゃな」という感じでした。

思えば、その当時もう50歳手前でしたからね、すでに無理の利く年齢でもなかったのですよ。

その頃から「いったんすべてをゼロに戻して、もう1回自分を見直してみるかな」みたいなことを考え始めるようになりました。

もう無理の利かない年齢ではあるけれども、人生まだまだ何十年もありますからね。
「こりゃ微調整じゃ追っつかないぞ」と。

これがきっかけとなって10年後のいま、無職になってセミリタイア生活を送っているのですが、決断に3年、実行に3年、移行に3年くらい要した感じでしょうかね。

2011年4月11日が、僕にとっていろんなことを見直すきっかけになってくれました。
体壊して救急車まで呼んだのですから、それが良かったのかどうかは謎ですけどね。

でもこの日を境にタバコをスパっとやめられたのは、まぎれもなく良かったことだと思っています。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。