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老害の対処法として、群れから離れる

2019.02.05

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「老害」なのでしょうね。このブログのあちこちにも書いていますが、他人とのコミュニケーションが煩わしかったり、やってることや考えてることを邪魔されると、すごくイライラするのですよ。無意識のうちに「群れから離れる」行動を取ってるんですよね。

群れから離れたい

「劣化したオッサンの一形態」なのでしょうが、若い頃の自分の特性が煮詰まって、濃度を増してきているような気がしているのですよ。

もともと、ひとりで遊んでるのが好きな子だったし、静かに本を読んでるのが好きな少年だったのですよ。
スポーツをはじめたり、社会に出ると、それなりに社会的な振る舞いはできるようになるのですが、ずっとどこかしらで、ひとりになる時間を確保し続けてきましたね。
それは「ひとりで遂行する仕事を引き受ける」だったり「休みの日には部活や会社のメンバーとつるまない」だったり。

「デザイナーになりたい」と思い始めたのも、ひとりで考え続ける(ことが多いと思っていた)仕事だったからだし、30代半ばでフリーランスになったのも「ひとりでいる時間を増やしたい」という欲求が大きな割合を占めていたと考えています。

オッサンになってから「もっとひとりになりたい」と思ってるのですよ。

このブログでずっと書き連ねている「電話かけてこられたくない」とか、「完全リモートの案件だけ請けることにした」「セミリタイアした」「二拠点生活をはじめた」「飲み会に行きたくない」みたいなのは、すべて同根で「もっとひとりになりたい」なのですよ。

これって、うまく伝わるかどうかわからないし、自分自身でも上手く落とし所がみつかってないのですが、決して「人と関わりたくない」ではないのですよ。
「ムダなことをしたくない」とか「同じ群れの中に居続けたくない」「つまんないヤツに時間取られたくない」なのですよ。

逆に言うと「楽しいことしたい」「違う考え方のヤツから刺激欲しい」「楽しいヤツと出会いたい」と思ってるし、そのための余地を常に作っておきたいのです。

おそらく、オッサンになると我慢のタガが外れるのです。
その上、更年期障害で調子悪くなるもんだから、いっつもイライラしてますしね。

「ひとりの時間欲しい」「なにかしてるときとか、考えてる時間を邪魔されたくない」と思ったら、我慢が効かないのですよ。
このまま、今までの群れに居続けて「手が止まるから、電話やめてって言ったよね?」とか「そのミーティング、要る?」「余計な工程増やすの、やめようよ」とか言い続けるのって、群れの中で鬱陶しい存在になってるはずなのですよ。
当然、僕自身も我慢が効かなくなってるので、楽しくないのです。

ならば、僕から離れていくのが一番ですよね。
僕がここ数年で起こしてる行動すべてに、これが根底にあるような気がしているのです。

オッサンであることが無価値なフィールド

僕が生業としているWebデザイナーという職業が、「若い職業」であることも関係しているのかもしれません。
技術や環境の変化のスピードがものすごく速いのですよ。
僕は、Webデザイナー歴が20年ちょっとあるので、明らかに経験年数は長いのです。でも、それは大した意味を持ちません。

変化のスピードが速いと、これまでに培った知識や経験も、あっという間に陳腐化して無価値になるからなのですね。
僕たちの目の前にやってくる課題は、業界歴20年の僕にとっても、3年目の駆け出しクンにとっても、等しく「新しい課題」なのですよ。
そして、それを解決する能力は若い方が優れていると考えるべきですし、そう考えざるを得ない事案にも多々巡り合ってきています。

オッサン(もしくはオバサン)であることに価値はないのですよ。

新しい情報の多くはネット上にありますので、20歳も50歳も、等しくその情報にアクセス可能です。
「人脈によって得られる情報」などないのです。
あったとしても、オッサンの情報網よりも、若者の「横のつながり」の方が優れていることの方が多いでしょう。

「昔、そういうのやったことあるなあ」とか「○○会社の▲▲さん知ってるから、聞いてみようか」みたいな、オッサン・オバサンが得意としてきたワザを使う機会なんてほぼないのですよ。

つまり、人間の能力の劣化とともに、職業人としても劣化するのですよね。
僕が自分が分かる範囲で「Webデザイナーという職業が」と書きましたが、多くの職業に当てはまるんじゃないでしょうかね。

「加齢とともに群れでのポジションが上がる」なんて前提は、もうどこにもないのです。

老いても失わない能力

年齢とともに上がっていく、もしくは加齢と相関関係のない能力とか価値ってなんなんでしょうね。そんなのあるんでしょうかね? 
なんとなく「経験」「教養」とか「人間的魅力」みたいなワードを思いついたりもしますけどね。

正直、よくわからないのですよ。だって現在進行形だし、未来のことだし。
だから「とりあえず群れから離れて、ひとりでいろいろやってみるか」と思ってるのですよ。
そして、こうしてブログ書いて記録してたら、ずっと忘れずに考えることを継続できるでしょう。

「経験が価値」なのであれば、こうして過去のことを思い出しながら、ブログに記録し続けるという行為は、決して間違っていないような気もするんですけどね。

なんとなく、老いても失わない能力って「継続力」なのかな? とも思っています。
こうして、ブログを書き続けたり、また何かの初心者になって学習し続けたり、モノを作り続けたり。
今まで生業としてきたWebデザイナーは、クライアントワークですから「ひとりで勝手に」ってワケにはいかなかったのですよ。
これからはちょっと、他人の存在を意識しない創造をコツコツと続けていこうと思っているのです。

最近「老害」という言葉をよく見聞きしますが「そりゃオッサンになったら、そうなっちゃうよな」という感想です。
特に「オレだけは老害にならない」なんて抗うことはありません。
「群れから離れて、人に近づかないようにしよう」と思ってるだけなのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。