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[二拠点生活]移動欲求ってあるかもね

2019.05.20

こんにちは、萩ドットライフ()です。

二拠点生活を始めて気づいたのですが、長らくフリーランスのデザイナーとして安定していたことがストレスになっていたのかもしれません。おそらく人には「移動欲求」ってあるのですよ。心のどこかで「固定・安定はリスク」だと思っているのです。

安定がストレスになっていた

物理的な「移動」だけのことを指すわけではないような気もするのですが、自分の身を置く場所を意図的に変えて、常に「新しく感じるもの」に接すると心地いいのですよ。

この20年間。僕はずっと東京にいて、限られたクライアント、限られた制作会社とばかりと、デザインという決められた仕事をしてきました。
40歳のときに分譲マンションを購入したので、作業場は常にそこの中の1室。

強いて言えば、シンガポールの小さな出版社に出資しているので、定期的に趣き、経営者や従業員たちとコミュニケーションを取っていた時期もありますが、ここ3〜4年は社長に任せっきりで、当地へ赴くことがおっくうになっていました。

それが徐々に仕事を減らしていきつつセミリタイア状態になり、2018年の秋くらいから、東京と山口県萩市の二拠点生活をはじめることで「やっぱり、この状態を望んでたんだな」と感じるようになったのですよ。

ずっと僕は「移動」したかったのですよ。

もちろん、効率と安定を求めて、ずっと同じ環境で同じ作業を反復することで生産性を上げる工夫をしてきたつもりです。
ウンウンと唸りながら、目の前の問題と取り組む時間をできるだけ増やしたかったし、ノイズを消し去りたかったからなのです。

だから、矛盾しているのですよ。環境を固定化したことが逆にストレスになっていたのです。

二拠点生活をはじめて気づいたこと

おそらく、家族旅行だったり、定期的に両親に顔を見せるための帰省だったら、そんな価値観の変化は起きてなかったと思うのですよ。

奇しくも「田舎(萩市)でも、東京と同じ業務が行える状態を作りたい」と、「作業場の移動」をテーマにしてに二拠点生活をはじめたのが効いていると感じているのです。
考えてみると、田舎の城下町を仕事のことを考えながらランニングしてるなんて、半世紀を超える僕の人生の中で初めてのシチュエーションですからね。

考え続けること(思考のアイドリング)」で、目の前にある仕事に集中していないときでも、ずっと仕事のことをうっすらと考えている状態にあることについて書きましたが、定期的に東京以外の場所でそういう状態になることって、ずっとなかったのですよ。

前述の出資しているシンガポールの会社に赴くときには、若干そういう変化は感じていたような気もしますが、僕は経営も従業もしていないので、正直言って「仕事半分、旅行半分」みたいな意識がありましたから、それほど「移動欲求」が満たされてるという認識は強くありませんでした。

移動すると「偶然」が増えるから、それが刺激的なのかもしれませんね。

前述の通り、僕は20年の間ずっと、ずっと同じ環境で同じ作業を反復することで生産性を上げることで「安定」を管理して来ようとしてきましたから、その状態が苦痛になってきて寝返りを打とうとしているのです。

人間は環境に支配される生き物なのです

僕は20年以上、フリーランスのWebデザイナーをしています。
今、新規案件の受注を停止して仕事を激減させています。収入も激減していますが、自分で望んでそうしているのです。
現在セミリタイア中なのですよ。運用中の案件がすべてクローズしたら、一旦無職になって1年以上の長期休暇を取り、その後また新しい仕事を模索します。
デザイナーは辞めようと思っています。

以前投稿した「デザイナーは引退しても、デザインは続けるよ」で書いたように、僕はデザイナーとしての思考様式になっていますから、クライアントワークとしてのデザインをしなくなるだけで、デザインという思考はし続けることになろうかと思います。

飛行機に乗って。電車に乗って。という物理的な移動のみならず、自分の「社会的な立場を移動」させつつある状態も心地いいのですよ。

  • デザイナーをやめて別の職業を模索したい
  • クライアントワークをやめて自己完結型の働き方に
  • 75歳くらいまで働き続けるために、ここらで無職になって休息を

みたいなことをずっと考えて、そして行動をはじめているのですが、どんどん気持ちが楽になってくるし、ちょっとしたアイデアの思いつきが増えてきているように感じるのです。

おそらく、これまで自分の頭の中を埋め尽くしてきたものを削り取るような作業をしているので、空いたところを埋めるために、いろんなことを思いついてるのでしょうね。

ただ、これらは解像度の低いボンヤリとしたアイデアたちなのですよ。
これからこれらを、ひとつひとつ吟味していって、楽しそうなもの、実現できそうなものを行動に移していくフェーズを設けなければならないのです。

だから「ボンヤリとしたクズみたいなアイデア」をいっぱい思いつくことは歓迎なのです。
量が質を担保しますからね。

言い方は「想像力」でも「発想力」でも「クリエイティビティ」でもなんでもいいのですが、まずは大量のアイデアがあって、それらを絞り込んだり、研ぎ上げたりしながら、延々と試技を繰り返すことで、だんだんと仕事のレベルにまで高められるものが見つかるものだと思っているのです。

昔は、どこかしらで「ひとつのところに留まることはリスク」と思っていたはずなのですよ。
どうやら、なんとなくフリーランスのデザイナー業が上手くいったことで、それを忘れていたような気がします。

人間は環境に支配される生き物なのですよ、もう一度、立場や場所、会う人々、食べるもの、話す言葉などなどを変えながら、脳みそを活発に動かしてみたいと思っているのです。
今、僕は50代半ばなので、いつまでできるかわからないけれど、できるだけ多くトライしてみようと思います。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。