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セミリタイアと移住の関係

2019.06.09

最終更新日:2020年07月29日

こんにちは、萩ドットライフ()です。

簡単に言うと「人生が変わろうとしてるな。働き方も住むところも変わろうとしてるもんな」と確認したいがために「セミリタイア」とか「移住」とか言い続けているのですよ。次のゲームは、フルで働かないし、都市に住む必要がないものに挑むのです。

老後を間近にして、新しい切り口を求めてる

フリーランスになった20数年前から、ずっと危機感を持ち続けているのです。
「サラリーマンと違って、フリーランスは不安定」という物言いには与しません。おそらく「安定」という言葉の解釈が違っているのです。

僕は、あらゆる外部環境の変化に自分の選択と決断だけで対応できることを、「安定」だと認識しています。

でも、でも以前投稿した「サラリーマンとフリーランス。どっちがいい?」で書いたように、フリーランスになりたいと相談してくる人には「やめといたほうがいいんじゃない? サラリーマンのほうが安定してるよ」ということが多いように、あくまでも「自分の中では」という文脈でしか使いませんけどね…。

一般論としては、組織の一員となること、できれば大きな組織のほうが好ましい、そういうもののことを「安定」と呼ぶことくらいは理解しています。
いちいち「オレの解釈は違うんだけどね」などと意義を挟み込んだりは致しません。

とはいえ、最近はサラリーマンの方々も、「老後のために2,000万円ほど足りないよ」「年金は70歳からしか支給できないかも」ってことになってたり、現役でいる間も「終身雇用はムリ」「45歳くらいで早期退社してくれないかな」などなど、かつてイメージしていた「安定」が、少しずつほころび始めているようではありますけどね。

社会全体のしくみが変わり始めてるのでしょうね。

フリーランスの僕たちにとっては、当然のように持っているべき危機感なのですよ。
そういったものとのトレードオフで自由と自主性を手に入れているのです。

僕は現在50代半ばなので、同世代のサラリーマンの方々は、あと5〜10年くらいで定年退職なのですが、僕は「労働アリの老後」をイメージしているのです。
以前「人生二毛作。「二度目の人生」って言い方って大げさ?」という記事でも似たようなことを書いていますが、仕事の強度を緩めたり、駆け出しのデザイナーになったときよりも少しはアップデートされてる自分に最適化した職業を模索しつつ、新しい切り口で「もうワンゲーム」やってみたいのです。

そのための「セミリタイア」と「移住」だと考えているのです。

個人的な意味付けだけを求める

先に述べたように、僕がイメージしているのは「労働アリの老後」なのですよ。
もう、大きな案件・大きな収入は望みませんし、一緒にプロジェクトを推進するチームの中の「優れた機能」であろうとも思いません。

僕が「自分の人生にとって、これ意味ある」と思ったことをやり続けたいのですよ。
したがって、もうフルタイムのクライアントワークをする必要はありませんし、都市に住む必要はないのです。

それを自分自身で深く認識するために「セミリタイア」「地方移住」という行動を取っているのです。

老後を間近にして、新しい切り口を求めてる今の僕にとって、「セミリタイア」と「移住」は、両輪であり手段なのです。

現在、すでにセミリタイア生活は始まっています。完全移住は果たしていないものの、東京と山口県萩市の二拠点生活をはじめて半年が経過しています。

概ね、仕事量と収入が激減しつつあるくらいで、大きな変化はありません。
強いて言えば、このブログがそろそろ開設1年目を迎えることくらいでしょうか。

僕が今、自分に課していることは「休息と思考」です。
このブログのいろんなところでも書いているように、今残っている案件がすべてクローズしたら、1年間以上の長期休暇を取るつもりなのです。

75〜80歳くらいまで、ゆったりと労働し続けるつもりなので、ここらで大休止を設けたいのです。大人のギャップイヤーみたいなもんですね。
この間にも、このブログは書き続けますし、これから手を付けることを考え続けます。興味のあるものの学習を始めるかもしれません。
そういうものをすべて含んで「長期休暇」なのです。
(参考:[フリーランスの老後]遊ぶともなく、働くともなく

おそらく、長期休暇中に山口県萩市への完全移住を済ますことになろうかと思っています。

仕事も居住地も、流動性は確保し続ける

「セミリタイア」と「移住」は、僕の老後を組み立てるプロジェクトにとって必要な要素なのです。
なので、このブログの中でも煩く触れていますが、両方ともこれで固定することは考えていないません。

もしかしたら、新しく始めたことがハジけて、引く手あまたになれば「社会から望まれるのであれば」「お金あれば欲しいもの買えるし」と、再びフルタイムワーカーになることもありえますし、クライアントワーク(請負仕事)も再開するかもしれません。
逆に、収入を求めることをやめて、ただひたすら趣味に没頭するフェーズを設けるかもしれません。

また都市の利便性が恋しくなり、東京に戻るかもしれませんし、別の国や地域で暮らしたくなったりするかもしれないのです。

どちらにせよ「仕事」と「居住地」を両輪として、走り続けていくような気はしています。
ただ、ずっと考え続けて、自分で調整・修正し続けたいのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。