follow hagi.life

無職・断捨離・田舎暮らし…。シンプルな快楽

2019.10.13

最終更新日:2019年10月25日

こんにちは、萩ドットライフ()です。

連日、家の中にある要らないものを廃棄し続けています。断捨離ですね。どうやら無職になったことでスイッチが入ってしまったようなのです。たぶんこれは田舎への移住を果たすまで続く、シンプルライフへの渇望のようなものだろうと感じています。

モノを捨てると、考え方が変わってくる

「過去最大級」「カテゴリー5のスーパータイフーン」と伝えられていた台風19号(ハギビス)も通り過ぎ、幸い僕の住んでいる(東京の作業場)江東区・清澄白河では、それほど大きな被害もなく、雲ひとつない、きれいな青空が広がっています。

僕の今の最大の関心事は「断捨離」なのですよ。
(参考:断捨離を実行することにします

台風がだんだんと近づいてるく最中にも、せっせと捨てられるものを仕分け、1階のゴミ置き場と往復していました。

これも、東京(というかマンション)の便利さのひとつですよね。
24時間ゴミ出しが可能ですから、体力さえあれば、思いついたときに、思いついただけモノを減らせるのです。

田舎だとそうはいきませんね。
僕が移住を計画している、山口県萩市では、燃やせるごみ」が週2回。「プラスチック製容器包装」が月2回。「資源ごみ」「燃やせないごみ」が月1回の回収です。

どれだけ期間がかかることやら。
ま、自分でリサイクルセンターに持ち込めばいいみたいですけどね。

やはり、田舎で生活するためには運転免許が必須のようです。

寝室兼書庫に大量にあった書籍は、ほぼ半月がかりですべて廃棄しました。
今は、作業部屋の整理に着手しています。
ここには、経理関係の書類やら、過去の案件の資料やらが山積みなのですよ。
ずっと「オレの足跡だからな」などと思いながら、捨てられずにいたのです。

法令上、保管義務のある書類や、重要な要保存資料以外は、すべて捨てるつもりです。
まだまだ「衣類」「家具」「食器」「キッチン用品」などなど、いっぱいあるんですけどね。

先日投稿した「人生の転機って、作るもの? 作られるもの?」でも書いたように、どちらが先・どちらが後ということもないのですが、断捨離を心地よく感じるようになったことと同時に、いろいろと考え方が変わってきているのですよ。

「モノイラナイ」は、象徴に過ぎないのです。

シンプルで不便な生活を求めて

僕は今50代半ば。それほど物量に豊かさを感じる年代ではないように思っています。
それでも「思い出」とか「自分史」みたいなものをモノと結びつけて、いつしか捨て下手になっちゃってたんですよね。

それが今、20年以上続けてきたフリーランスのデザイナー稼業を辞めて、無職になったタイミングで、急に「ものをなくす」ことの心地よさに目覚め始めているのです。

このブログで、いろんなところにかいている「人間関係の断捨離」もその一環だし、すべてのベクトルが「田舎暮らし」に向いているタイミングだと認識しています。

「置いとけば、そのうち使うだろう」とか「あれば便利だろう」みたいなものを、いったん身の回りからなくしたいのですよ。
完全ではないけれども「極力」くらいの感じでしょうか。

今の僕にとって「ゼロに戻す」ことが、とても大切なフェーズだと思っているのですよ。

その結果、不便を感じるのならば、再度、便利さについて考え直すことができるだろうし、空白を感じたならば、そこを埋めるものをもう一度探し始めればいいのです。
特に理由はありませんが、なんとなくそういう時期なのですよ。

今、僕が向かっている田舎暮らしにしても同様で、生活を「シンプルに、不便に」していきたいのですよ。
そういう方向性に「豊かさ」を感じるのです。

社会人になってからずっと「便利に。高い技術を持ち。パワフルに。感度高く」みたいなことをずっと考えてきたのですが、ここらで「自然に。のんびりと。じっくり時間をかけて」みたいな方向性を望んでいるような気がします。

とりあえず、それをやってみたいのです。
ダメなら、元に戻します。

それによって、受け取る情報の質が変わってくると思っています。

僕は今、東京と山口県萩市を行ったり来たりする、二拠点生活をしています。
萩市は田舎ではありますが、僕が作業場にしているところは、近隣に住宅地の多い、いわゆる市街地です。
それでも、少し移動するだけで、草木のにおい、潮の香り、風の感触、視界の広さなど、都市部で得られるものとは異なる情報と接することができるのですよ。

どこにフォーカスしていいかわからないし、どこにフォーカスしてもいい感じがとても心地いいのです。
明らかに「五感に与える影響、違うな」と感じるのです。

無職・断捨離・田舎暮らし

過去にも何度か、このブログの至るところで「農林漁村地域に住んでみたいな」と書いていますが、だんだんとイメージは固まってきています。

市街地から車で10分程度の山間地集落あたりがいいんじゃないかと思っています。

僕は、無職になり、断捨離し、田舎に移住することで、新しいコミュニケーションを作ろうとしているのですよ。
以前、投稿した

のようなことをやりつつ「あ、なんか面白いことしてるやつ来た」と思われたいのですよ。

居住地とか土地建物に対して「利便性」「機能性」からちょっと離れた見方をしてみたいのです。

どうせ市街地の「便利」と言われているところに住んでも、日常の生活に車がかかせない地域です。
少々利便性に目をつぶったとしても、それほど大きなダメージはありません。

最新の設備を備えた建物でなくても、安くて広い土地がついている方が魅力だし、セルフリノベーションで手を加えながら、暮らすことが楽しそうだと考えているのです。
また、近隣に未整備の山があることも、違った情報をもたらしてくれるような気がするのです。

当然、刺さってくれる人だけに刺さればいいので、「何やってんだ、あいつ」と思われることが大半でも一向に構わないのです。

そしてこれは「なりたい自分」のアピールでもあるんですよね。

リスクを負ってでも他人が試さないようなことに手を出してみて、上手く行ったら「どうこれ、よかろ」と自慢して回りたいのですよ。
そういうことをして遊び続ける人生でありたいし、他人からもそう見られたいのです。

以前から、そんな感じの生き方をしてきたつもりではあるのですが、ここでまたガラッとスタイルを変えたい欲求が芽生えています。

なので、無職になり、断捨離し、田舎に移住することで、いったんゼロに戻し、もう一度インプットをし直したいと思っているのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。