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断捨離したら、求める家のサイズが変わり始めた

2019.12.26

こんにちは、萩ドットライフ()です。

断捨離の進捗がペースダウンしています。ちょっとした振り返りをしていたのです。「どんどん捨てても、なにも困らない」という結論に至りました。そうすると、いま求めている家のサイズも「コンパクトなものがベストだな」と考えるようになったのです。

断捨離しても、なにも困らない

いっとき、ずっと「断捨離、断捨離」言っていたのですが、最近は作業が進んでいないのです。

理由はいくつかあって、

  1. そこそこ断捨離が進んで、暮らしの視界が変わって少し満足できたこと
  2. ちょっとだけ「あれは取って置きたかったな」と後悔も含まれていたこと
  3. 二拠点生活をしているので、間欠的にしか作業できないこと

などですね。

思い返してみれば「断捨離を実行することにします」という記事を投稿したのが、約3ヶ月前。
最初のひと月程度で、家中に溢れていた紙(本とか資料とか)を最小限にすることでずいぶん景色が変わったのですよ。

法令上残して置かなければならないものと、少しの思い出を残して、きれいサッパリ捨てましたからね。
それでちょっと満足してしまったんですね。

その後も、衣類だの生活用品だのも廃棄する予定だったのですが、今のところ中途半端なまま停滞中です。

上述の「作業が進んでいない理由」の(2)で挙げたように「ちょっとした後悔」もありました。
「もっと捨てて、早くサッパリしたい」と同時に芽生えた「あれ、このまま進めていいのか?」「必要なものも含まれてたんじゃないのか?」という感情ですね。

「捨てる」という行為が「もったいない」という気持を生じさせるトリガーになってしまうのですよ。

  • あの本、もう一回読みたかったな
  • ブックオフに来てもらえば、いくばくかのお金になったじゃん
  • 過去の自分の仕事(作品)まで捨てることはないんじゃない?
  • あの箱の中に、若い頃の写真、全部入ってたんだ…

いま思い出せるだけでも、このくらいはすぐに挙げられます。
実際は、もっともっとウジウジと、あれやこれやの「軽い後悔」がずっと続いていたのですよ。

それでも「捨てちまったもん、しょうがないじゃん」と思うようにし続けていたし、なによりもモノが無くなってスッキリした空間を得ることで、喜びがあったので気持ちに折り合いが付いてたのですけどね…。

それで、なんとなくペースダウンしてたのです。

現在は、日常のゴミ捨てのついでに、なんかしら追加して捨てるという、とても「断捨離」とは呼べない、通常の不用品処分程度の作業を続けるに留まっています。

その結果。「特に困らない。そのまま断捨離を進めてヨシ」と考えることに決めました。
後悔と満足を比較すると、満足の方が大きいのです。

人生の転機にいる僕は

なんで今、こんなことを考えているかというと年末だからなんですね。

年末ってほら、「12月○日〜翌年1月○日まで、ゴミ置き場を施錠します」って張り出されちゃうもんだから、みんなが一斉に不用品処分する時期なのですよ。大掃除もしますしね。

毎年、マンションのゴミ置き場はエラいことになっています。

たとえ鋭意断捨離実施中でも「みんなに迷惑だから、今はちょっとやめとくか」と手を緩める時期なのですよ。

そうなのです。
断捨離が進まない理由を、自分以外になすりつけることができる時期だからこそ、断捨離についてちゃんと考えているのですよ。
ある程度の断捨離を済ませた1・2ヶ月前から、ちょっとペースダウンした今までの状況を振り返ってみたのです。

結果、「特に困らない」と思うことに決めたのです。
ようやく「捨てたもの。あれはゴミだった」という考に至ることができました。

同時に、これまでずっと生きてきた中で培ってきた「常識」とか「経験」とかも捨ててしまったような気もしています。

「セミリタイア人になって無職になった自分の状態と、上手く合致した行動だな」とも思うのです。

今が人生の転機だと捉えて、意図的に「ゼロに戻す」フェーズを作っている最中なので「モノを捨てる」行為に納得感を得やすい時期なのでしょうね。

心のなかに空白を作り出す作業を、心地よく感じているのです。

過去に「人間関係の断捨離が心地いい」という記事を投稿していたり、東京を離れ、山口県萩市への完全移住を決めていたりしています。

これまで「これは大切だ」と思っていたモノを「実はそうでもないよ」と思い直してる最中なのです。

そうすることによって「絶対に捨てないもの」を探し出そうとしているのかもしれませんね。

求める家のサイズに影響が…

先日「萩市の古民家を内覧してきた」という記事を投稿したように、僕は今、山口県萩市で古い中古物件を探しています。

現実的に求めているのは、「古民家」と呼ぶにはおこがましい、単なる「築古戸建」だったりしますが、その境界が不明なので、検索キーワードとして多用されそうな「古民家」を使うようにしています。

もともとの発想が「古民家再生をDIYでやりたい」ということだったのですが、なにぶんDIY初心者だということもあり、さほど大きな家を求めていたワケではなかったのです。

それでも、いろいろと考え方が変わってきて「必要十分なサイズ」を模索するようになったのです。
「不要なスペースなんて、無駄でしょ」と考えているのです。

この記事のテーマである「断捨離」について考えているうちに「ミニマリストっぽい生活スタイルもアリだな」と思い始めているのですよ。
あまり求道的にはなりたくないので「ほどほどに」ですけどね。

また、先日投稿した「最後までやりきることの大切さ」からの発想で「まず可能な限り小さな家で試してみる。とにかく着手してやりきってみよう」とも思い始めているのですよ。
ずっと選び続けてもキリがないので、さっさと行動を起こすことを優先したいのです。

探してみると、築40年を超えるような50平米足らずの狭小住宅が100万円を切って売りに出ているのです。
昭和時代に同じ外観、同じ間取りの家を複数作って、分譲した感じの家ですね。

表現は悪くなりますが、あまり裕福ではないご家庭を対象に売り出されたことが窺われる物件です。

数ヶ月前には「せっかく田舎に住むのだから、もうちょっとゆったりしてほうがいい。いくら安価でもこりゃないわ」と、検討の対象から外していた物件です。

それが今、前述の理由によって「アリ」になっているのですよ。
それどころか「ベストなんじゃないか?」とまで思いはじめているのです。

いろんなものがデジタル化され、生活する上で必要なモノがどんどん減っています。
必要とされる家のサイズも、見直されるべきですよね。

「田舎の古くてちっちゃい家」ならば、100万円しないし、1棟仕上げる(やりきる)期間も短いし、ビギナーDIYerがまず取り組むためのベースとして、最適な気がしてきているのです。

次に萩に移動したときには、気になる物件があるから、それ見に行こう。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。