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「選択と集中」から遠のいてみる

2019.02.12

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「選択と集中」という言葉に特に疑問を持つわけでもなく、自然とそういう戦略を取りつつ職業人生を歩んで来たのですが、50代半ばにして「ちょっとバテてきたな」と感じるようになってきています。「少し距離をおいて、別のフェーズを作ろうかな」と。

フリーランスは「選択と集中」せざるをえない

当然のビジネス戦略として「選択と集中」という言葉を見聞きしています。
いつ頃から使われだした言葉なのかは、定かではありませんが、僕がフリーランスになった1990年代の後半には当たり前のように使われていたと記憶しています。

念のため、一度ググって「選択と集中」という言葉の意味を確認してみました。

せんたく‐と‐しゅうちゅう〔‐シフチユウ〕【選択と集中】
特定の分野・領域を選び、そこに人材や資金などの資源を集中的に投入すること。
出典:選択と集中(センタクトシュウチュウ)とは – コトバンク(2019年2月12日現在)

僕は、フリーランスのWebデザイナーです。「人材」も「資源」も集中的に投入せざるを得ないのです。
「あれもこれも」などという余力があるはずもなく「これでメシが食える」と確信したWebデザイナーという分野に全資源を投入してきました。

せいぜい「取引先は1社に限定せず、複数に分散した方がいいんだよね」と考えることは、途中で何度かありましたが、結局、なんだかんだで基本「クライアント1社体制」でやってきました。リスクあることは理解してても、ラクなほうを選んじゃうんですよね。
(参考:結局「取引先の分散」なんてしなかったな

おそらく、他のフリーランスや零細企業の方々も似たようなもんじゃないでしょうかね?
「選択と集中」以前に、食い扶持が確保できたら「大当たり」ですからね。

ただ、これは僕だけの個別事例なのかもしれませんが「選択していたものに飽きる」のですよ。「集中し続けることが辛くなる」のですよ。
もともとは、好きなことを仕事にしたんですけどね。

僕は今、50代半ばなのですが、指名発注を頂き続けることができていますから、クライアントには恵まれているのですよ。
僕の周辺では「いろんな人に仕事頼んでるけど、なかなかしっくりくるWebデザイナーに巡り合わないんだよね」という声を聞きますので、なんとなくまだ僕の居場所はありそうな感触です。

唯一、僕自身がダメなのですよ。「飽きてる」し「辛い」のですよ。
更年期から来る、体調や思考回路の変化もあるのかもしれませんし、20年後の働く自分を意識してリセット体制に入っていることも感じています。

はじめは「まぐれ当たり」だった

「デザインする仕事、好き」「Webとかインターネット、楽しそう」と思ってはじめたこの職業ですが、もともとはグラフィックデザイナーをしていたり、途中で舞台公演のプロデュースをしていたり、イベントの企画や集客に興味を持っていたり、いろんなことに手を出したり、興味を持ったりしていたのですよ。

運良くWebデザイナーでメシが食えるようになりましたから、天職みたいな顔をしていますけれども、心のどこかで「ありゃ、まぐれだな」と思っているのです。
それが20年も続いたもんですから、ちょっと居たたまれなくなってる感じもあるのですよ。

もちろん、Webデザイナーの仕事そのものは「飽きた」し「辛い」と言えども、好きだし楽しいとは感じています。
でも、そこに至るまでの、アタリが出るまでサイコロを振り続ける楽しさも、もう一度味わってみたいのですよ。

前述の通り、現在50代半ばの僕は、もう20年働くつもりでいるのです。
そのために、今までとは違う「楽しさ」が欲しいし、強度もユルめたいのですよ。そして、なによりも「オレ、もっと別の能力あるんじゃないかな?」などとも思っているのです。

このブログでも「長期休暇」とか「セミリタイア」などを話題にしながら、人生のリセットに臨む様子を記録し続けているのですが、もう一度、自分の好きなようにいろいろ試してみたいのですよ。

もしかしたら、もうアタリは入っていないかもしれないけれど、それでもいいのです。

「選択と集中」の反対語って何?

「選択と集中」を一旦やめて、いろいろと試してみるフェーズを作ろうと思ってるのですが、「選択と集中」の反対語ってなんなんでしょうね?

いろいろググって見たのですが、うまく見つからないのですよ。そもそも「選択」の対義語というのがなさそうなのです。

集中に関しては、こんな感じです。

対義語・反対語
集中⇔散漫
集中⇔分散
出典:集中の対義語・反対の意味の言葉 – Weblio対義語辞典(2019年2月12日現在)

なんとなく「無差別な分散」みたいな感じでしょうかね?

ビジネスとしては正しくない行為なのでしょうが、これまで僕の生活を支えてくれた「選択と集中」から距離を置いて、「宝探し」「クジ引き」「ガチャ」そんなことをやってみる期間を作りたいのですよ。
先日投稿した「フリーランスの長期休暇」で「人生にとって、まとまった休暇って必要だよね」ということを書きました。
このブログのあらゆる記事で、50代半ばにしてようやく気づいたことを書き残しつつあるのですが「サイコロの振り直しする機会も必要だよ」を加えようと思っています。

とりあえずしばらくは、アウトプットの回数を確保することに励もうと思っています。
このブログも、その一環のつもりなのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。