follow hagi.life

「動くこと」と「休むこと」

2019.04.11

こんにちは、萩ドットライフ()です。

僕は「休むこと」がヘタクソなのですよ。個性なのか? 計画・管理を怠っていたからなのか? は謎ですが、50代半ばになった今からでも、きちんと「動くこと」と「休むこと」を両方とも計画に組み込むことを試みようと思っているのです。

「休む」ことは、プロジェクトの一部

最低1年以上の長期休暇を取ることにしているのです。
現在は新規案件の受注を停止していて、運用中の案件がクローズするごとに仕事が減っていっている状態なのですが、すべての案件が終われば、無職になりますので、そこから完全休業します。

今、休むことを真面目に考えているのですよ。
これまでの人生で上手にできなかったことなので「せめてここから先は」と思っているのです。

以前にも似たような記事を書いています。

内容がダブったり、矛盾したりするかもしれませんが、ご容赦を。同じことをずっと考え続けているので、思考が深まる部分もあれば、以前とは違ったことを考え始めることもあるのですよ。

「動く」と「休む」は、決して対立概念ではないのですよ。
僕は大学時代にバレーボール部に所属していたのですが、そこでは休みのことを「レスト」って言ってました。
当時としては珍しく、週1回レストのチームだったんです。
「体育館に集まってやる練習はしないけど、休養も練習の一部だよ」という意味付けで、意図的にそういう用語を使ってたんですね。

社会人になってから、さっぱり忘れちゃいましたけどね。

当時はまだ若かったので、疲労とは身体的疲労のことだけしか考えてなかったのですよ。
競技人生を終えたら、身体なんて酷使しませんから、いつの間にか「レスト」という考え方をないがしろにするようになってましたね。

サラリーマン時代は、土日休みだったので「仕事に行かなくてもいい日」「遊びに行く予定を入れる日」だったし、フリーランスになってからは「休み? スケジュール次第だね」などといいつつ、結局、何かしらの仕事を見つけたり作ったりしながら、労働っぽい時間を過ごすことに満足感を抱いていましたね。

「休む」ことは、プロジェクトの一部なのですよ。

僕は今、50代半ばです。フリーランスなので定年はありません。
「フリーランスの老後」をプロジェクト化』でも書いたように、フリーランスの人って、あまりソフトランディングできてない印象があるんですよね。
僕がこのまま、ソフトランディングできるのか? それとも、途中で落下して不遇な老後を送ることになるのかはまだわかりませんが、きちんと「プロジェクトである」と認識した上で、「老後」を考え続けようと思っているのです。

そのうえで、これから先は「休むこと」をきちんと計画の中に組み込むべきだと、ようやく思い至ったところなのです。

同時に「動くこと」も管理する

もう一方で、自分をコントロールしようと思いつつ、行動をはじめているのが「生産的な趣味」という言い方で、仕事を遊び化しようとしていることなのですよ。
このブログ内でも色んなところで「仕事の強度を趣味レベルに落とすことで、長く職業人であり続けたい」みたいなことを書いていますように、

  • 「動くこと」を管理して「楽しいこと」だけに集中する
  • 「休むこと」をきっちりと計画に組み込む

を同時進行で進めている最中なのです。

つまり「動くこと」と「休むこと」は、常に同軸上で考えつつ、双方のバランスを考えた計画を立てなければならないということを、50代も半ばを過ぎて、ようやく実施し始めたところなのですよ。

これからでも遅くない

とはいうものの、僕はこの20年以上の間、大部分のサラリーマンの方々よりも多く休みを取っているはずなのですよ。サラリーマンとフリーランスを一概に比較することはムリなのでしょうが、僕たちフリーランスは、始業時間も就業時間も決まっていないし、通勤もしません。

もちろん、自分を律するために決めておられる方もいるでしょうが、大部分の方は「スケジュール次第」ですよね。
僕の場合は、先日投稿した「余力のあるうちに人生を軌道修正しよう」で、「型」とか「ルーティン」について書きましたが、起床時間や就寝時間、始業・終業に関しては、ずっとテキトーでした。

連絡がつかない状態になることは躊躇しますが、スケジュールがユルいときには、ほぼ1日中YouTube観て過ごすことなんかザラです。
その代わり「オシ任せろ、オレがなんとかする」ってモードに入ったら、1週間くらいずっと仮眠で繋ぎながら作業に没頭することもあったりもしました。

そういうのを全部均した上で、かつ、僕の感覚値ですが「サラリーマンよりも労働時間少ないだろうな」という印象なのです。

フリーランスはオンとオフの境目がないので、スタンバイタイムが長いのですよ。
僕の場合とくに、あれやこれやと気にする質なので、休むべきときにスタンバイタイム状態になっていたことが多かったように思います。
これって、気持ちの問題です。YouTube観てるときも、友人・知人と飲んでるときも、ずっと仕事のことを考えてるのですよ。ちょっとした処理をずっとネチネチと後悔し続けたりしているのですよ。

その当時は気づきませんでしたけどね。「いつでも仕事モードのオレ、どう?」くらいに思ってましたから。
50代になってバテを感じ始めると、急速にバカバカしくなるのですが、自分自身に染み付いてしまっているので、なかなか解放できないのですよ。

今、セミリタイア状態になって、どんどん仕事が減りつつあるのです。
そうなると、心にも余裕ができるのか、ようやくスタンバイタイムを「休み」に使うことができるようになりました。

これって、僕の個性なのか? それとも、きちんと認識できていれば、コントロールできたはずのものなのか? それは、わかりません。
でも、まだ遅くないと思っているのです。「休むこと」を計画に入れて、ものごとを進めることを試してみたいのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。