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アピールするチカラ

2020.04.15

こんにちは、萩ドットライフ()です。

どんな人や、どんなモノにも「自慢の種」があって、それをアピールすることって大切なことだと思うのです。では、その自慢できそうな実績や物事を認識しているかというと、そうでもなかったりします。そもそも自慢することが恥ずかしかったりね…。

アピールすることって、大切です

いつだったか忘れましたが「自分のアイデアとか実績を他人に伝えるとき『アピールする』って言うじゃん? あれ、英語でappealって言っても伝わんないからね」というウンチクをカマされたことがあります。

そのときは「へえ、そうなんだ。じゃあ英語でどういうの?」みたいな話になって、英語での言い方も聞いたような気がするのですが、覚えていません。

飲み話なんて、そんなものなのです。

せっかくなので、ググってみると、英語で「appeal」というと、

appealとは
主な意味:懇願する、哀願する、頼む、要請する、訴える、上訴する、控訴(こうそ)する、アピールする、抗議する、気に入る
出典:英語「appeal」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書(2020年4月15日現在)

日本語の「アピール」だと、

アピール(英語表記)appeal【デジタル大辞泉の解説】
[名](スル)《「アッピール」とも》
1 人々や世論などに広く訴えること。また、その訴え。「反核をアピールする」
2 人々に受け入れられること。また、人を引きつける魅力。「セックスアピール」
3 運動競技で、選手が審判に抗議・要求をすること。
出典:アピールとは – コトバンク(2020年4月15日現在)

まあ、当たり前ですが後者のほうが馴染み深いですね。

僕はずっとフリーランスのデザイナーをしていましたので「アピールするチカラ」って、ものすごく必要なものだったような気がするのですよ。

辞めて無職になってしまってから気付いても「いまさら…」なのではありますが、得てしてそんなものですよね。
「中学高校んとき、もっと勉強してればなあ」とか「真面目に練習しとけば…」と似たようなものなのです。

デザイナーに限らず、フォトグラファーやライター、イラストレーターなどなどいろんなクリエイティブ系の職業人全般に言えることなのですが、必要な場面で必要な人に気づいてもらえないと、仕事がやってこないのです。

だから「アピールするチカラ」が必要なのです。

僕もそうだったのですが「中間業者が上手く配分してくれるから、特にアピールしなくても」と思ってる人もいるかも知れませんが、ちょっとでも条件の良い案件を手に入れるためにも「ちゃんとアピールするべきだったなあ」と思っています。

それアピール? それとも自慢?

僕はずっと「アピールと自慢を上手に分解できてなかったな」と感じるのですよ。

フリーランスになるもっと前、もしかしたら高校生とか大学生くらいの頃から「自慢って、なんだかカッコ悪いな」と思っていた時期がありました。
以来、自慢めいた話をすることを意識的に避けてきたような気がします。

いまふり返ると「そっちのほうが自意識過剰だろ」ってことなんですけどね。

結果、アピールと自慢を区別できずに、アピールするチカラを得ることができないまま大人になってしまったんですね。

そもそも「自慢」だって、さほどイヤなもんじゃありませんよね。

いろんな人を見ていると、上手な自慢からいいポジショニングにつなげてる、なんか軽やかな振る舞いの人っていますもんね。

その人は、ただ自分がやったこと、そのときに考えたこと、周囲の人と交わした会話などを飄々と語っているだけなのですが、決して嫌味にならず「この人と仕事をすると、上手く行きそうだな」って感じにさせてくれる人、本当にスゴいと感じていました。

たぶん「アピール」って「正しい自慢」のことなのかな? なんて思ったこともあります。

「その技術を自分のものにしよう」と思い至らなかったことは、今でも後悔してますけどね…。

上手な自慢をできる人って、ほんっとに希少なのも「オレもこれやろう」ってならなかった理由なのかもですね。

多くの人の場合は、たぶん「アピール」のつもりで「自慢話」をねじ込んでくるのでしょうが、マウンティングとセットになってる印象を受けるんですよね。

だから僕も「自慢話カッコ悪い」って感じちゃってるんですけどね。

「自慢することなんて、何もありゃしませんよ」

ただですね。「僕なんて、何も自慢すべきことなんてあるわけないじゃないですか」みたいな感じを出しすぎるのも、これまた嫌味だと思うのですよ。

以前「○歳定年説とか、限界説とか」という記事を投稿したことがあるのですが、クリエーター系フリーランスで50代まで、ご指名で案件を頂き続けたり、自分で退くタイミングを決められることって、とても幸運なことなのですよ。

それをあえて「僕なんて何もできません」みたいなことを強調すると、逆に「なんだよ、控え目自慢かよ」という印象を与えかねないのかな? と感じています。

もうひとひねりして「控えめ自慢だと思われたくない自慢かよ」みたいな感じにもなったりしますしね…。いろいろとややこしいのです。

おそらく元は僕が「自慢、カッコ悪い」と強く思ってるところに原因がありそうなんですよね。

正しい自慢(=上手いアピール)をできる人は、そもそも「この話をしちゃうと、自慢だと思われるんじゃないかな? 言おうか、やめよっか、どうしよ」みたいなことを考えてすらいないんでしょうね。

「アピールするチカラ」に劣っていたということも含めて、僕のスキルだったのだろうと思っています。

結果。

  • 自慢することはカッコ悪くない
  • 自慢する技術を高めることで、アピールするチカラが付く
  • アピールするチカラは、いろんな機会を作る

なのだろうと思っています。

たぶん人生のどこかで「あいつ、自慢話ばかりでカッコ悪いヤツだな」という数々の失敗を経た上で「自慢話なんだろうけど、軽やかで心地いいな」と感じてもらうスキルを身に着けなきゃいけないんでしょうね。

そうやって、互いの実績や能力、アイデアを見つけ合うことって、一緒に何かを作り上げるチームにとって、重要な工程であることは間違いありませんからね。

「いつか誰かが見つけてくれる」では、ダメなのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。