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足りてると、そのことに気が付かない

2020.10.04

こんにちは、萩ドットライフ()です。

もし10年前にフツーにリモートワークができる社会環境だったら、東京を離れて萩市へ移住するタイミングも10年早かったのかな? などと考えてみることもあるのです。結論は「いや結局、今のこの年齢でしょ」ってところに落ち着くんですけどね。

連日、睡眠不足

昨日投稿した「のんびりやろ。セミリタイア中だもの」に「久々に眠れない夜だったなあ」ということを書いたのですが、なんとふた晩連続でした…。

おとといの夜ほどではないのですが、昨晩も11時頃まで寝入っては起きを繰り返し、せっかく寝付いたと思ったら3時半には目が覚めてしまいました。
睡眠時間、4時間ってところでしょうかね。

昨日と同じく、眠いのに眠れないモヤモヤした感じでPCに向かっています。

寝付けない理由に当てはあるのですよ。
ずっと就寝前にエチゾラム錠という睡眠導入剤を飲んでいたのですが、この2日間、断(た)っているのです。

別に何か特別な理由があるわけではなく、僕が定期通院する感覚は5週間(35日)に1回。
このエチゾラム錠というのは、1回に30錠までしか出してはいけないルールになっているらしく、ずっと「35日で30錠」でやりくりしています。

どうしても毎日飲みたければ、4週間(28日)に1回の通院に変更すればいいのですが、常習性が問題視されている薬なので、僕も納得ずくで「35日で30錠」運用に応じているのです。

調子のいいときには「あれ? 薬なんて飲まなくてもグッスリ寝れるじゃん」というときもあれば、「ダメだ、もう1錠飲もう」と、1日2錠飲んでもなかなか寝付けない日もあります。

ここのところしばらくは、調子のいい日が多くて「最近ぐっすり寝られてるな。萩市に引っ越してきて自然に癒やされてるからかな」なんて思ってたんですけどね…。

2日連続で上手く寝られない夜が続くと、ちょっとキツいですね。

二度寝できないとか、昼間寝られないのは、おそらく加齢のせいなんでしょうね。
昔は夜が明けてから寝て、起きたら夕方近くなんて日もザラでしたからね。

夕方4時からのミーティングに寝坊しそうになったこともありますしね。

睡眠って、健康や空腹といっしょで満ち足りてるときには、さほど意識しないものなのですよ。
「ここんとこ、上手く寝られてないな」って状況になって初めて「睡眠って大切だよな。1日の気分とか効率にすごく影響してくるもんね」などと考え始めますよね。

おとといの夜が寝られない夜だったので、昨晩は「早めに眠たくなるんだろうな」なんて思っていたのですよ。
昼間には木を切ったり、根っこを掘り出したりして汗だくだくになってましたしね。

ただ、不思議と眠たくならず、結局ふた晩連続で睡眠不足の朝を迎えているのです。

それが当たり前なのです

先日、陶芸の村公園・展望広場というところまで散歩してみました。

陶芸の村公園というのは、萩市街の東、田床山という山の登り口に作られた公園です。
僕の自宅から徒歩10分くらいの場所にあるので、涼しくなってからはよく散歩に訪れています。

が、展望広場まで足を伸ばしてみたのは移住後初でした。

陶芸の村公園・展望広場

陶芸の村公園・展望広場

陶芸の村公園って、そこそこ広いのですよ。
いつも散歩で訪れて、自販機でコーヒーを買ってそのへんのベンチで2・30分、ときには小一時間くらいボーッとしてから帰路につくのですが、その場所からさらに10分くらい坂を登ったところに「展望広場」があります。

なので、自宅からざっと片道20分くらい歩きますね。

いつもは夕暮れの涼しい時間に散歩に出かけるのですが、この日は「たまには」と、昼過ぎに陶芸の村公園に向かい、さらに展望広場にまで足をのばしてみたのです。

ちょっと後悔しました。

風は気持ちいいし、気温もさほど高くなかったのですが、なにしろ日差しが強かったのですよ。
さらに、20分程度坂を登り続けると、それなりに負荷がかかり、汗まみれになってしまいました。

この展望公園にまで足を伸ばそうと思ったのは、景色がサイコーだからなのですよ。

途中の自販機で買ったコーヒーはぬるくなってるし、景色のいいベンチに陣取ると日差しが強くて汗が引かない…。
かといって日陰に入ると心地良いけど、景色が良くない…。

途中で、いろんな坂道にどんどん足を進めてみた僕も良くなかったんですけどね。ちょっとしたトレイル・ウォーキング気分になってましたからね。

結局、展望公園にいたのは10分くらい。
写真を取って「陶芸の村公園・展望広場にいます」ってtweetしてからそそくさと退散しました。

そのときにはとくに何も感じなかったのですが、そんな山の中腹にいても普通にネットに繋がるんですよね。
いや、その方が当然なんですけどね…。

僕が思い出したのは、自分がフリーランスになったころなのです。

1990年代、まだダイヤルアップ接続が主流で「専用回線引いたよ」っていうと「スゲエ!」って言われていた時代です。
電話もじゃんじゃん鳴ってましたし、FAXも通常の連絡手段でした。

開業したばかりの僕は、出先で人と会っていても「メールかFAX来てるかもしれないから」と、事務所に戻りたくて仕方ありませんでしたね。
そのくせ「電話に追いかけ回されるのはイヤだ」と、ケータイは持ってませんでした。

環境が違えば、人生設計も変わったんだろうか?

考えてみれば、今の家にフレッツ光を引くときも「ここ、対応エリアだよね」なんて確認すらしませんでした。
ここから徒歩5分くらいのところにある実家で、弟が使ってたということもありますけどね。

下水道は通っていなくても、光回線は通っているのです。

たぶん最近「リモートワーク」とか「ワーケーション」って言葉を聞く機会が多かったり、新政権は「デジタル庁を作る」なんて言ってるし、「楽天モバイルの5Gエリア、狭っ」なんてことが話題になっているのでこんなことを考えてるんでしょうけどね。

僕は結局、セミリタイアして萩市に移住しましたけれども、10年前に「リモートワークがフツーだよ」ってことになってたら、そのタイミングで萩への移住を考えただろうか? と思ってみたりもするのです。

FAXは撤去してたけれども、まだときどきバイク便はやってきてた頃ですね。
回線もまだADSLとかが主流じゃありませんでしたっけ? 僕は当時、固定IPが必要だったので専用回線を引いていました。

固定IPは、クライアント(顧客)のサーバーに入るために求められていたのです。
今はVPNで代用してますけどね。

当然、バイク便と固定IP。場所に縛られていましたね。
当たり前のように定例会とか打ち合わせにも出席してましたしね。

結論は「やっぱり東京に住み続けただろうな」です。

徒歩3分圏に複数の商業施設があり、地下鉄の駅があり、タクシーもすぐに捕まり、なんかのついでに「メシでもどうです?」って誘い合うことが当たり前だったんですよね。

結局「地方移住したいな」と考えるタイミングって、仕事環境よりも自分自身のマインドとか人生設計に左右されるのだと思うのです。

たぶん40代半ばくらいで田舎暮らしを始めると、都市生活しているからこそ足りていたものに気づき、その不便さに耐えられなかったような気がするんですよね。

もしかすると、二拠点生活を開始するタイミングは早まっていたかもしれませんけどね。
結局、本移住するのは「50代半ば、セミリタイアとセット」だったろうと思うのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。