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このブログの読者を想定してみる

2018.09.13

こんにちは、萩ドットライフ()です。

読者(ペルソナ)を想定しながら書くと、ブログ記事の質が向上するのだそうです。まだ来訪者数が極めて少ないこのブログですから、ずっと闇に向かって言葉を投げ続けているような気がして、虚しさを感じていたのです。そこで想定読者について考えてみます。

「ペルソナ」って?

「ペルソナ」とは、商品・サービスを利用する顧客の中で最も重要な人物モデルのこと。
出展:今さら聞けない!「ペルソナとは」基礎知識とその重要性について|ferret [フェレット](2018年9月13日現在)

マーケティング用語らしいです。僕は「『人格』のこと」ってくらいの認識しかありませんでした。
この「ferret [フェレット]」ってサイトも、調べ物中にたどり着くこと多し。

なんとなく「ブログ記事を読んでもらいたい人の具体的な姿を想像してみようか」ってことなんだろうと思います。たとえば自分の仕事の話をするにしても、これから社会に出ようとしている学生さんにするのか? 酸いも甘いも噛み締め倒した同業者にするのかで、伝えるべきことも、表現方法も、感情の置きどころも全く変わりますもんね。

このブログを開設してから今まで、それほどしっかりと「読者(ペルソナ)を想定」って認識したことはなかったですが、なんとなく「言われてみれば…」という感じではありますが、

  • 1975年生まれネット系フリーランス
  • 1965年生まれセミリタイア・ワナビー

あたりの人々に話しかけるようなイメージでしたかね。
「この世代の人と酒のんだら、こんな話をダラダラ続けるんだろうな」くらいの感じです。今回は、なんで自分がそういう想定をしているのか、もうちょっとしっかり考えてみることにしますね。

1975年生まれネット系フリーランス

ピッタリとその年の生まれを想定してるわけじゃありませんが、なんとなくそのあたりってことです。
高校生〜社会人駆け出し時代にWindows95ブームの直撃を受けた世代ですよね。僕のひと世代下あたりの方々ですね。
昔は、なんとなく、コンピュータって言えば「オタクか科学者か」みたいなイメージを持ってました。それがだんだんと、オフコンって言われる業務用の専用機みたいな「会社で買うもの」としての馴染みができてきつつ、ワープロや計算ソフトの登場で、オフィスに数台あるパソコンを共用する時代に変わりつつある時代でしたね。パソコンにはMS-DOSってOSが入っていました。ハードディスクなんて「付けますか?」って聞かれる時代でしたね。

僕はデザイナーなので、Macintoshの存在を知ってました。でも「コンピューターで版下作る時代が来るらしいよ」「○○さん、買ったんだって。儲かってるところは違うねえ」みたいな会話に参加するだけで、触ったことすらない、ちょっと遠い存在に思っていました。

それが、Windows95の登場で、急速に「これ使えなきゃダメだ」「ひとりに1台だ」みたいな風潮になりましたね。
当時30歳を超えてた僕でさえ、そう思ったんだから「これから社会に出て、自分のポジション取りにいくんだ」って世代にとって、どれほどのインパクトだったか…。

ただ、この世代って就職氷河期ともカブるんですよね。いわゆる「高齢ニート」も多く含まれる世代のようです。
反面、就職がキビシイからこそ、フリーランスになったり、起業した人も多い世代なんじゃないでしょうか? また、新卒当時に希望通りの就職をできたとしても、同世代のフリーや起業家の影響を受けて、独立した人も少なからず含まれる世代なんじゃないかと思います。

フリーのWebデザイナーである僕が、同業者をカタマリで認識できる世代って、このあたりからのような気がします。
「Win95の直撃を受けるも、就職キビしく、ネット系フリーランスに」みたいな人が多く含まれる世代だと思ってるのですよね。
なんらかの統計から得た情報じゃなくて、まわりを見渡しただけの印象でそう思ってるだけなんですけどね。

僕はおそらく、この方々の10年くらい先を走っているのです。
この方々のうちの何人かは、そのうち「故郷○○市に帰って、セミリタイア」「50代になったら、ユルもう」とか言い始めるはずなんですよね。たぶんそのときに、今、僕が書いているようなワードで、検索し始めると思っているのです。

1965年生まれセミリタイア・ワナビー

僕もまだ、セミリタイアに至ってないので「ワナビーさん」なのです。ワナビーって、

ワナビー:
ワナビー (wannabe) は、want to be(…になりたい)を短縮した英語の俗語で、何かに憧れ、それになりたがっている者のこと。上辺だけ対象になりきり本質を捉えていない者として、しばしば嘲笑的あるいは侮蔑的なニュアンスで使われる。
出展:https://ja.wikipedia.org/wiki/ワナビー(2018年9月13日現在)

ってことですね。

僕と同世代の方々のイメージです。40代の後半くらいから、なんとなく「セミリタイアしたいな」とか「アーリーリタイアしたいな」って思い始める人、多いんですよ。
ギビしい現実ではありますが、お金が関係してくるんですけどね。
手持ちの資産や、将来的な退職金や年金を考えつつ「あれ? 贅沢さえしなければ、もう働く必要ないんじゃないか?」って思い始めるのが、このくらいからなんじゃないでしょうかね?
それまでは、将来のこと考えられるだけのお金なんて持ってなかったり、資金が潤沢な人でもビジネスのこと考えて、そっちに回す方が楽しかったり、消費が楽しかったり。

50歳を超えると、急に「リタイア計画」っぽいことを考え始めるんですよね。僕も実際そうでした。
僕の場合は「アーリーリタイア」って考え方には至りませんでした。むしろ、長く生産活動を続けるために、労働の強度を下げる目的で「セミリタイア」って言い方をしています。

計画をし始めると、他人が「いくら位の資産で決断に至っているのか?」「仕事との距離感は、どう調整しているのか?」「家族はどう反応するのか?」などなど、書ききれないほどリサーチするもんなんですよ。
自分のストーリーの章が変わったことを認識しますからね、他人の物語もすごく気になるもんなんです。

そんな人たちが、検索で辿り着いて「へぇ、こんなふうに考えてる人もいるのか」と思ってもらえるブログに育てていきたいのです。

「できてないヤツ」の記録

僕はブログを書きはじめて、まだ2ヶ月。月間pvが1,000ちょいのビギナー。セミリタイアも「するぞ、するぞ」言ってるだけ。まだ何もできていないのですよ。
自分が「できてない」フェーズなので、他人の「いつまで経ってもできるようにならない」「やっと、できるようになりはじめた」な感じのコンテンツを探し回ってるんですよ。すごく貴重だし、参考になったり、悔し味を感じたり、とても楽しいですよ。
「できてないヤツ」の記録って、需要あるんですよね。

こういう時期から記録をはじめて、ずっと継続して、何年か後に「月間○○pv達成! ブログだけで○○万円稼げるようになりました」とか「地方に移住して○年経ちました。近所の爺さんと戦ってることもありますが、概ね平穏です」みたいな記事を書けるような状況になると「できないヤツが、できるようになった」ってストーリーができあがって、少しはコンテンツとしての価値が高まってくれると思うのですよ。
その頃になるとまた、想定する読者層も変わってるのかもしれません。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。