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風通しの良い場所へ、見晴らしのいいところへ

2020.04.11

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「風通しの良い場所へ環境を移したいな」と地方移住を決めたのですが、これって、いま盛んに言われている「三密」そのものなんですよね。新コロナ収束後もこのマインドって残ると思うのですよ。うまく地方移住が促進されるといいなと思っています。

新コロナ収束後も、三密マインドは残ると思うのです

三密(密閉/密集/密接)を避けるライフスタイルというのは、新型コロナウイルス禍が収束したあとにも、みんなの心の中に残り続けると思うのですよ。

当然、今ほど気にしなくなり、混んでるスーパーを避けることもなくなるだろうし、行列の間隔もまた元に戻るのでしょう。

でも、多くの人がほんのちょっとだけ「三密」の記憶を持ち続けることで、世の中は大きく変わるような気がしています。

ネット上ではもうすでに「after コロナ」とか「with コロナ」などというワードとともに近未来予測がなされ始めていますね。

そういうのを観たり読んだりすると、なんかちょっとワクワクしますよね。

気になっているのは「東京一極集中が解消されるんじゃない?」と、多くの人が予測していることです。
僕も同感なので「だよね。だよね」と頷きながら、いろんな方々の言説に接しています。

だって、まさにいま僕が取ろうとしている行動そのものだからなのです。

以前「他人の趣味と向き合う ― 萩市の古民家を買うことにしました」という記事を投稿したように、山口県萩市の古民家を購入し、東京から萩への完全移住プロジェクトが着々と進んでいる最中なのです。

ただ…。今月(2020年4月)末が引渡し日なのですよ。
現在、東京都が非常事態措置の真っ最中なのですよ。「徹底した外出自粛」を要請されています。
そんな中、萩に出向いて行って古民家の引き渡しを受け、また東京に戻って来なきゃいけないというね…。

「こんな時期になんか、スミマセン」って感じですよね。

売主さんも遠隔地にお住まいなので、予定変更の申し出をするのも気が引けるのです。

まあ、僕は過去数年に渡って三密を避けた生活をしてきたので、さほど問題はないでしょ。しかも、こんな時期ですから、リムジンバスも空港も機内も空いてるはずなんですよね…。

地方移住が促進されるといいですね

「オレには先見の明があった」などという気はさらさらありませんが、ホントにこれを機に田舎への移住が促進されることになるのならば、すごく嬉しい気がしますね。

もし今「自分もコロナ騒ぎが終わったら、田舎でリモートワーカーになるんだ」と思っている方々や「東京の密集した場所にオフィス要らないな、制作部門だけでもリモート化するか」などと考えている経営者が一定数いるのならば、その未来は確実にやって来ると思うのです。

未来のことを考えた時点で、未来をちょっとだけ作ってるんですよね。

しかも今、コロナ禍を理由にして無理矢理にでもやってる人は、収束後にも「あのときやってたこと」としてすでに体験済なのですよ。
「なんだかんだ言いながら、リモートで仕事できたじゃん」を知ってる人が劇的に増える世の中になると「リモートでできる人はリモートで行こう。別に東京にいなくてもいいよ」ということになるハードルは一気に下がると思うのです。

僕も20数年前、フリーランスになったときには「いずれ、どこにいても仕事できるようになるんだろうな」という予測はしていたけれども、ホントにできるようになるなんて思っていませんでした。

だって、自宅兼事務所のFAXにいろんな指示がやってくるし、バイク便がCD-ROM持ってピンポーンってやってきてましたからね。
そこに僕がいなければ仕事にならなかったのですよ。

でも、いつの間にかドキュメントはPDFでやりとりするようになり、ネット上で大容量のファイルを送信できるようになり、ちょっとずつ環境は改善されていきました。

僕の場合、最後まで残ったのは「対面ミーティング」と、ときどき求められる「紙資料の準備」だけでしたね。
そこは、間に人に入ってもらうことで解決し、東京と萩の二拠点生活を開始することができました。
(参考:完全リモートワーク化して、まる1年経過

僕はフリーランスだったので、自分で勝手に進めていたのですが、今回の「外出自粛」のおかげで、多くの働く人にとって、リモートワークも地方移住も、すぐに実現できる未来になりましたよね。

決して、意識高い人の未来予想ではなくなったのです。

風通しの良い場所へ

僕は、東京と萩の二拠点生活をするようになって、1年半が経過しました。
もともと完全移住を前提としていたのですが、だいたい1年経過したいくらいで決断に変わりました。

その間、ずっと自分の人生を考えながら、爺さんになった自分の姿を想像しながら、フワフワした未来の欠片を集め続けていたのですよ。

20年後のことを考えてみたり。次の瞬間には明日のことを考えて。また、もっと先のことを考えて、みたいなことを繰り返すんですね。

ずっと自分のココロの中でブツブツ言い続けているのです。

そんなことを続けていると、これから先の20年くらいは「風通しの良い場所で暮らしたいな」「見晴らしのいいところを、いつもいる場所にしよう」という気になったのですよ。

それは、僕が萩にいるときに居住している実家から徒歩圏に「陶芸の村公園」という場所があって、なかなか快適なのです。
「気が向いたときには、ここへ来てボンヤリする生活がいいなあ」などと思い始めてしまったのです。

数ヶ月もすると飽きるかもしれませんが、それはそれで仕方ないのです。

いま「風通しの良い場所へ、見晴らしのいいところへ」と思っているのだから、そうするべきなのです。

その後のことは分かりません。
僕は後期高齢者になりますので、医療や利便性を求めて、また都市へ向かうかもしませんけどね…。

ずっとそんなことを考えつつ、生活の変化を求めていると、奇しくもいま言われている「三密」を避ける方向に向かって歩きだしていたのですよ。

いま住んでいる東京のマンションも、そこそこいい環境ではあるのですが、田舎と行ったり来たりを繰り返していると、やはり「いま選ぶべきは田舎暮らしだな」と感じるのですよ。

たぶん、ずっと考えているうちに想像が創造に変わり始めてるんでしょうね。
さしずめ「イメージしちゃったものは、作り始めちゃうしかないよね」ってところです。

そこに僕がまだ知らない価値が残ってるような気がするのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。