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肯定から始めれば、続くのですよ

2018.09.28

こんにちは、萩ドットライフ()です。

誰かにアイデアや考え方を伝えたときに、まず「いいね」って肯定してくれる人と「そんな簡単なことじゃないよ」と否定、もしくは次々と問題点ばかりをあげつらう人、いますよね。自分が何かを思いついたときに聞いて欲しくなる人って、前者じゃありません?

誰かに肯定されると、もっと続けたくなりますよね

クリエーターやアーティストが、映像コンテンツやテキストコンテンツのインタビューの中で「このアイデア、お風呂に入りながら鼻唄歌ってるときに思いついたんですよ」とか「ベッドに入って、寝ようかなと思ってるときに浮かんできたんです」みたいなことを言ってるのを見聞きしたことってありますよね。

僕も、クリエーターの端くれですので、そういった経験は幾度かあるのですよ。
これって、お風呂に入ってるときにも、ベッドで寝ようとしてるときにも考え続けてるってことなんですよね。意識してるときもありますし、もしかして無意識に「ひとり会議」してるときもあるんじゃないかな?
もちろん「お風呂に入ってる」「ベッドで寝ようとしてる」を「仕事してる時間」とは呼びませんが、アタマのどっかで、仕事モードが「続いてる」のですよね。
むしろ、アタマの中に「仕事だ」「遊びだ」「生活だ」って分かれてないところがあって、好きなことを「続けてる」ような感じなのかもしれません。
なので、仕事をしてるときに「効率的な電気料金の払い方」みたいなのをうっすらと考えて「続けてる」こともあるのですね。

僕自身だけで考えると、どうやら気分がいいとき、例えば仕事上のアイデアやプランについて誰かから「いいね」とか「すごいね」など、肯定的な言葉をもらった場合、そのことについて考え続けることが多くなるような気がしています。単純なもんなんですよね。
もっともっと「いいね」「すごいね」言われたいのですよ。明日もう一度「いいね」「すごいね」言ってくれる人と語り合いたいし、そう言わせるようにクオリティを高めたいのですよ。

他人を肯定すると、アイデアが集まってくる

冒頭で書いた「自分が何かを思いついたときに聞いて欲しくなる人って、前者(肯定してくれる人)じゃありません?」って当然のことだと思うのですよね。
たとえば、何でもかんでも否定することが自分の存在意義だと思ってるような人が、会議やミーティングの中に混ざってると、発言するのが億劫になりますよね。
僕もこうしてブログを書きながら「知り合いに見つかると恥ずかしいな」と思いますし、仕事でもデザイン案を出すときって、いつまで経っても緊張します。
自分のアウトプットを他人に見せる・聞かせるときって、どうしてもその反応をきにしちゃいますよね。
当然、肯定されれば嬉しいし、否定されれば「なんだコノヤロー」ってなります。
僕がいま進めてる「リモートワーク」だの「セミリタイア」だのも、なんだかんだとケチをつけてきて「現実を見ろよ」的なことを言ってきたヤツとは距離を取ってます。「耳が痛い意見を言ってくれる人こそ大切にすべき」とか、そういう考え方、邪魔にしかならないのでどうでもいいです。

だから僕も他人の話を聞くときにはまず、「お、いいじゃないすか」から入ることにしています。
「いいね」「いいね」を繰り返してると、そのアイデアなり、意見なりについて語り合うことが楽しくなっていくのですよね。まずは、妄想トークで盛り上がることがとても大切なことなのです。
そういう「場」を作っておくと「こんなのはどうかな?」「これ、面白いわ!」の中に「そりゃマズいよ」みたいな否定的な意見も混ぜやすくなるのですよね。

そういう話し方をする人のところには、アイデアや意見が集まってくるのですよ。
「いいこと思いついた!」の人が「この人と話そう」って、自分のところにやってきてくれますからね。
楽しい時間を共有すると、話し終わって別れたあとも、そのことについて考え続けるのですよ。楽しかった時間を思い出し続けたいですからね。

行動もまったく同じですよね

僕、中学校から大学までバレーボールやってたんです。大学時代は、ほぼ関東1部リーグに所属している「強豪校」とされてるチームのメンバーでしたので「本格的にやってたよ」って言っても差し支えないだろうと思います。体育学部でしたから、中学・高校の保健体育の教員免許も持ってます。
今は、週に数回のジョギングをしてるくらい。普通の「健康に関心のあるオッサン」ですけどね。

ずっと「他人よりも上手くなりたい」って思い続けて来ました。
バレーボールがデザインに変わりましたし、このブログだってそう。対象が他のものだったこともありましたが、いつも何かに対して「上手くなりたい」と思い続けてるんですよね。一貫して「オレは成長したい」という欲求があるのですよ。
その欲求を満たすためには「やり続ける」しかないというのが、僕が出してる結論なんですよね。特に「他人がやってないときやる」です。
いわゆる「セルフブラック」なのではありますが、そういうもんだと思います。
たとえば、以前「フリーランスの賞味期限」でも書いたように「フリーランスにとって、盆暮れGWはラボ」みたいな感じになっちゃうんですよね。

スポーツであれば、ずっとイメージトレーニングしてるし、暇があれば筋トレやったりストレッチしたり。
最近はYoutubeで、いろんなカテゴリのいろんな地域のゲームがUPされてたり、トレーニング理論を公開してる人がいたりしますから、材料には事欠かないと思います。

デザインでも、同業者のブログ読んだり、気になったJavaScriptを自分の環境で再現してみたり、「お、いいじゃん」って思うサイトのソースを解読したり、などなど、延々とやり続けます。
メシ食いながらでも、酒飲みながらでもやります。

もう、娯楽みたいになっちゃってるんですよ。

こういう行動も、どこかで誰かに「肯定された」ことがきっかけになってるんですよね。「あ、オレこれが得意なのかも」ってどこかで思わされてるんですよね。「楽しい」し「好き」になっちゃってるんですよ。だから「続く」のですよね。
否定ばっかりされてることをやり続けるって、苦痛ですもんね。そんなんムリに決まってます。

いつしか、他人からの肯定だけではなく「自己肯定」も含まれるようになりますけどね。オッサンになったら、その傾向が強まってきたように感じます。が、それがいいことなのか、悪いことなのかは、僕には判断できません。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。