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人生の転機は、よきタイミングでやってくる

2019.01.08

こんにちは、萩ドットライフ()です。

何かを始めるときに「まだ早い」も「もう遅い」もないと思うのですよ。思いついたときには、そこがベストタイミングだってことにしちゃって「早くやらなくちゃ」って焦るくらいがちょうどいいと思っているのです。僕が今、そういう時期なのですよ。

人生の転機には「決断欲」みたいなのを感じる

以前「塞翁が馬システムについて考える」という記事を投稿していまして、そのときは、住宅ローンやら資産運用に関するテーマで「何がよくて、何が悪かったのか、時間が経つまでわからないね」という内容のことを書いたのですが、人生全般でそのようなことは感じているのですよ。

「思いついたときがベストタイミング」だし「為すべきときに為した」と考えるしかないんですよね。

人は日々何かを考えてるし、思考と行動の間には必ず「決断」というフェーズがあるじゃないですか。無自覚のうちに進めてる「決断」も多いですけどね。

僕は今「セミリタイア」とか「二拠点生活を経て田舎への移住」などを決断していて、なんとなく人生の転機っぽい状態になっているのですよ。

「仕事」や「働き方」カテゴリの中で考えると、フリーランスになったとき依頼の転換期だと感じてるのです。

いいことなのか悪いことなのか判断できませんが、こういうときって「決断欲」みたいなのが芽生えてきますね。
「オレは、こう考えて、こう決めてる」みたいなことをすごく味わいたいのですよ。

「もしかすると逆なのかもな」とも考えるのですよ。
僕には定期的に「決断欲」が肥大化するバイオリズムみたいなのがあって、そこでなんかしら、大きな決断をしちゃうもんだからそこが転換期になってしまうのかもしれません。

結局、タイミングなんて考えても仕方ないんでしょうね

また、外的要因によって転機が訪れることもありますよね。これは、自分でタイミングを計ることなんてできやしません。

まさに「塞翁が馬だな…」と考えるしかないのですよ。

人間万事塞翁が馬:
【読み】
にんげんばんじさいおうがうま
【意味】
人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。
出展:人間万事塞翁が馬 – 故事ことわざ辞典(2019年1月8日現在)

たとえば、予測していなかったトラブルなんかもあります。
渦中にいるときには「なんでこんな目に会うんだ?」「イヤだな〜。メンドクサいな〜」と思っていても、そんなものはいつかは解消されるものなのです。

あとから「あれを経験していてヨカッタ」みたいに感じることって多いんですよね。

逆に、これまでずっと近寄ろうとしてこなかったものに携わる羽目になったとしても、なんだかんだの苦労の末、どうにか求められている箇所に着地してしまえば「ここではじめて携わったことが逆にヨカッタ」みたいに感じちゃいますもんね。

結局、タイミングなんて、早かろうが遅かろうがどっちでもいいんだと思うのですよ。
うまいこと成果が得られれば「このタイミングがベストだった」って感じちゃうものなのです。

ちょっとした「感動」とセットになってるかもですね

自分の中から起こる人生の転機に関して、上で書いたように「思いついたときがベストタイミング」だと思いますし「自分の中に決断欲が肥大化するバイオリズムがあるのかな?」とも思っているのですが、なんらかのスイッチが押されてることにも気づいているのですよ。

僕の場合は、なんらかの「感動」があって、それがスイッチを押すことによって、自分の「決断欲」が大きくなっていくんですよね。

「感動」も、ひとつの感動じゃなくて、感動が別の感動を呼ぶような「感動体質」になるフェーズがあるようにも思います。

たぶん感動って「新しい発見」の延長上にあるもので、何かひとつのものを発見しちゃうと、連想ゲームが始まっちゃうんでしょうね。

たとえば過去のケースでいうと、僕がフリーランスになるときですね。
もともと「10年間サラリーマンしたら、自分の会社作る」って言ってたのですが、ちょうどそのタイミングで、いろんなものに出会い、揺さぶられるのですよ。
だいたい、1990年代の中盤から後半に差し掛かる時代の話です。

僕、グラフィックデザイナーだったんですが、DTPという今では当たり前ですが、パソコンでデザインすることが「実用化された」っぽい感じになってくるんですよ。
そして、Windows95ブーム。僕は、Macユーザーだったので無視してたんですが、周囲の環境がすごく変わりましたね。
「パソコン、ひとりに1台の時代がくるかもね」な感じだったのです。

そしてインターネットの普及。
僕が一番興味を持ったのが「ホームページの制作」ですね。当時はグラフィックデザイナーだったので、オモチャ扱いしながら、バカにしてたんですけどね。
(参考:Webはチャチくてダサかった

この時期「エラいもんの直撃を受けてるな」と感じることができたことと、自分自身が「フリーになろう」と決めていて、いろいろ考え続けていた時期だったので、いろいろと思考がやたらと拡大し続けてましたね。

結局、フリーランスのWebデザイナーとして、20年間メシを食ってこれましたので「よきタイミングだったな」とは思っています。
そのときの僕が30代半ばだったので、他人(とくに若い人)に話すときには「もうちょっと早いほうがよかった」とは言いますけどね…。
 

また、繰り返してる

そして今も、フリーランスになったときと同じような「人生の転機」を感じているのですよ。
スイッチを押してくれた外的要因は「自己完結型労働の現実化」「地域創生に対する興味」あたりでしょうか。
内的要因は「両親の介護に備える」とか「クライアントワークしんどい」「高齢になっても、ちょっと仕事残せるような準備始めたい」などなど、辛気臭い要因ばかりですけどね。

そういうのも含めて「よきタイミング」ということなのでしょう。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。