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「群れるの嫌い」です。みなさんもそうですか?

2019.01.09

こんにちは、萩ドットライフ()です。

僕は群れるのが嫌いなのですよ。「おひとりさま」や「ぼっち飯」といった言葉もあって、おそらく「寂しそう」みたいなニュアンスを含んでいるのでしょうが、僕にとっては快適そうな印象しかありません。ひとりで考えて、決断に至ることが好きなのです。

「群れ」ってなんなんでしょうね

「オレ群れるの嫌い」って言うと「オレも、ワタシも」と、すごく賛同者が多いのですよ。
おそらく、いろんな本やネット上の記事などに「成功するのは、群れない一匹狼」的な記事が多いからでしょうし、いつも複数人でベタベタくっついているのを「子どもっぽい」と感じるからなんでしょうね。

たぶん、群れない人の方がカッコいいし、能力高そうな気がするってことになってるんだと思います。

とはいえ「人間は社会的動物」なので、コミュニティを作るという本性を持ってるものなのですよね。
「群れるの嫌い」って言ってる僕のまわりにも、それなりのコミュニティが存在しているのですよ。

基本は仕事関係でしょうかね。
いつも一緒に仕事をしている「仕事関係」もありますし、一回も組んだことはないけど「こいつの仕事に興味ある」「互いに違う分野の仕事の話してる」っていう感じも、一応「仕事関係」のコミュニティですよね。

会えばいつも仕事の話をしてるというわけでもないんですが、仕事がきっかけで知り合った人と仲良くなることが多いでしょうかね。

なんとなく「自分がこういうことを言ったりやったりしたら、この辺のレベルで返してくる」みたいなのがわかる人たちとコミュニティを作ってる気がします。

ホントは自分よりレベル高い人とツルみたいんだけど、向こうも同じようなことを考えてるんだろうから、結局、同レベルで付き合うことになるんでしょうね。

ただ、こうしたコミュニティの中にいるときは、それほど不快ではないのですよ。
「群れるの嫌い」などと言うことはないのです。

人を「レベル」で判断するのも、いかがなものかとは思いますが、結局、快適さを求めた結果、そうなっちゃうんですよね。
そして、そのあたりの関係性がキープできないときに「群れるの嫌い」って感情に着火しちゃうんじゃないかな? などと思っています。

そう考えていくと、僕はただ「所属しているのが不快なコミュニティ」を指して「群れ」と呼んでるような気がしているだけなのかもですね。
「群れるの嫌い=不快なグループに属したくない」ってことなんでしょうね。

あと、場合によっては人数もあるのかな?
10人も集まるような飲み会に参加するのは気が重いのですよ。「群れるの嫌い」ってことになってしまいますね。

なんだかんだで「ひとりのほうがいい」

フリーランスの人って「群れの中にいるよりも、ひとりのほうが快適」って人、多そうだけどどうなんでしょう?

少なくとも、僕はそうなのです。

まず、仕事中に他人の気配を感じないって、とても快適なことなのですよ。
おそらく、この状態は「人気(ひとけ)がなくて寂しい」と感じる人もいるだろうと思います。

あらゆることを自分で決定できることが、とても心地よいのです。
もちろん、クライアントや中間業者がいる場合には、その方々の指示に従いますが、そこに至るまでの処理やスピード、タイミングなどをすべて自分ひとりで管理できることが気持ちいいのですよ。
ここも「全部自分でやるのは不安」という人と考え方が分かれる部分だろうと思います。

僕は、他人からサポートやアドバイスを受けることは否定しません。
自分にも得意・不得意はありますから、不得意なことに取り組むときに、近くに自分よりもレベルの高い人がいると安心であることも、重々承知しています。

ただ、そういうことをわかった上で「結局、ひとりがいいな」と感じているのですよ。
だから「フリーランスを選んで良かったな」とつくづく思うのです。

何かを決めるときに「関係者」を作りたくない

「自分の人生は自分で決める」とか言ってる人、多くありません? もちろん僕は言っています。

だからあまり他人に「相談」とかしたくないんですよ。

反対されても賛同されても、関係者みたいなポジションになっちゃうじゃないですか。
あとから「あれ、どうなった?」っことになりますし。

とはいえ僕にだって、属しているコミュニティはありますから、思考中は「こういうこと考えてるんだけど」みたいなことは話しますね。
ただ、考えが煮詰まってくると、他人を一切無視するクセがあります。もちろん自覚しています。

決断寸前になってますし、これからの行動が明確にかりかけている時期ですから、他人と話して、思考が濁るのが嫌なんですよね。
説明とか、話の続きをするのが億劫になっちゃうんですよ。

仲間は大切だと思っています。誰でもなにかしらのコミュニティに属してますからね。
他人は近寄って来ますし、僕も興味がある人には近寄っていきます。
ただ、他人と行動することを習慣化したくないだけなのですよ。

おそらく「群れるの嫌い」な人と「群れるの好き」な人の線引は、その変にあるんじゃないでしょうかね。

僕のような「嫌い」組は、ひとりでいることが常態で、他人と行動することは稀なのですよ。逆に「好き」組は、他人と行動していることの方が常態なのでしょうね。

冒頭で、

「オレ群れるの嫌い」って言うと「オレも、ワタシも」と、すごく賛同者が多いのですよ。

と書きましたが、そうやって賛同してくれる人の中にも、傍からみてると「この人、いつも群れてるな」みたいな人っているんですよね。

たぶん「群れるの好き」な人なんだと思います。

そういう人は、群れの中での身の処し方に長けているので、「群れるの嫌い」って言ってる僕に「オレも、ワタシも」と賛同することで、無駄な衝突を避けてるってことなんでしょうね。

おそらく僕が「いつも仲間同士でいることが好き」と言えば、同じ人から「オレも、ワタシも」と賛同してもらえるのだと思います。

なので、僕が「群れるの嫌い」って言ってる限り、なかなか「そうか? オレは好きだけどね」という人には出会えないことになってるんだろうと思います。

だから「オレは群れるのが嫌い。オレの周りにも、そんな感じの人たちが多いね」って言い方をしちゃうのは、ちょっと誤解を含んでいるような気がするのですよ。
これ、他のことにも当てはまりそうですね。

参考:群から離れるきっかけ

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