follow hagi.life

この先働く年数を考えたら、長い休暇を取らざるをえない

2019.07.06

こんにちは、萩ドットライフ()です。

この先、働く年数を想像してみるのですよ。今50代半ば、僕が社会に出た頃には定年退職する年齢だったのです、それが今は「人生100年時代」ということになり、なんとなく「あと20年くらいあるぞ」と。連続はムリです、インターバル取らなきゃ。

若かりしころに見ていた50代と、今の自分

朝ランと腹筋・腕立て・スクワットが日課だし、肉や揚げ物が好物だし、ほんのちょっと学習意欲もあるのですよ。

還暦(=60歳)まで、もう5年を切っています。

僕が社会人になった、1980年代の終わり頃。
まだ、多くの企業が55歳定年でした。法律改正で60歳定年が努力義務になってた頃で、ちょうど混ざってたころでしたかね。

その頃の僕が思っていた「会社の中にいるお爺さん」の年齢になっているのですよ。

「人間なんて、そんなもんだよ」ではあるのでしょうが、今の僕がお爺さんになっている自覚はまったくありません。
20年も前にフリーランスになっていますから、同年代でつるんだり、他人の年齢や年次を気にする世界から遠く離れているからなのかもしれません。

外見は30代の頃から、坊主に無精ひげだし、スーツ着ないし、ずっと同じようなカッコをしてきたからなのかもしれません。

自分の中に「お爺さん」を認識できない理由はいろいろあるのでしょうが、何よりも「まだまだ、働こうとしてる」というところが一番影響しているように感じます。

僕が30年前に出会った50代の人々は「あと数年で定年、年金もらいながら10年くらい悠々自適に過ごして、人生を閉じよう」という人生設計ができたから、お爺さんでいられたんですよね。
その余裕がにじみ出ていたのですよ。

今は「人生100年時代」と言われています。
僕は「よし、好きな人たちと手を繋いで100歳の誕生日を迎えるぞ」なんてことは思っていません。
おそらく、その前に寿命は尽きるのだろうとは思うのですが「もし、ホントに100まで生きて、死ぬ前に資金が底をついたらどうしよう…」とは考えるのです。

また、やることなくて、体力も知力も衰えて、ボケたような状態で、何十年も過ごすなんて、耐える自信がないのですよ。

なので、できるだけ長く手元に「労働」を置いておきたいのですよ。

「セミリタイア」に含まれるメニュー

このブログ内で繰り返し書いているように、僕は今セミリタイア生活を始めています。
特に定義づけした上で「セミリタイア」という言葉を使っているのではありません。
なんとなく「フルで働いているワケじゃないよ」くらいの感じです。

今は、新規案件の受注を停止して、運用案件がクローズするごとに、仕事も収入も減り無職に向かっていっている状態です。
資金は減りつつありますが、暇な時間は増えてきています。
(参考:セミリタイア・ブルー。収入が月20万円を下回りました

僕はもうずっと、死ぬ直前まで「仕事? もうやってませんよ、セミリタイア中なんです」「仕事なんて辞められませんよ、せいぜいセミリタイアしてるくらいのもんですよ」って言い続けることになるのですよ。

割と都合よく「セミリタイア」という言葉を使い続けようと思っています。
ただ、自分の中では、いくつかのメニューを想定しているのですよ。
たとえばこのブログのいろんなところで書いているように、「新しいことに興味をもって学習を開始する」「新しい職業を模索する」などですね。

そして「1年以上の長期休養期間をとる」というメニューも、直近で予定しているメニュー(=やるべきこと)なのです。

いったん休んでやり直そう

前述のように、できるだけ長く手元に「労働」を置いておきたいし、死ぬ直前まで「セミリタイア中」だと言い続けたいのですよ。

過去の記事を検索してみると、似たようなことを書いていますので、興味のある方はどうぞ。

とにかく、まだまだ先が長いのですよ。
「少なくとも、あと20年あるな」というのが、現時点での実感です。

僕が社会に出たときの「お爺さん」は55歳で定年していたことに当てはめると、今の僕は35歳時点だということになるのですよ。
まだまだ、気が遠くなるほど職業人生の寿命は残されているのですよ。

逆に、新しいことにチャレンジできる期間としても十分なのです。
「一芸十年」とも「1万時間の法則」とも言います。
だいたい、ひとつのことを1日3時間程度、練習していれば10年もすれば、なんとなく目鼻がついてくるってことですね。
(参考:「1万時間の法則」について考えてみる

僕は、30代半ばでフリーランスになって、その後、グラフィックデザイナーから、まだチャチくてダサかったWEBに転向しました。
(参考:Webはチャチくてダサかった

「会社なんか辞めたほうがラクになれるよ」
「職業なんて、あとからどんどん出てくるんだから、面白そうなのがあったら、飛びついたほうがいいよ」
みたいなことを考えてたんですね。

すぐ脇には「高齢非正規労働者への道」が並行していたのですが、なんとかそちらへ行かずに済みました。
(いま、そちらの道に移ろうとしているのかもしれませんが…)

その30代半ばから、今まで過ごしてきた時間が、もう1回残っているのです。
そりゃ「今の職業なんて辞めたほうがラク」「新しい職業出てる、それやろう」って気になりますよね。

ただ、インターバルなしで「もう1周」はキツい。
身体が休息と栄養補給を欲しているのですよ。

「もう、バテたよ。いい加減、好きなだけ休んでも文句言うやついないよな、つか、休ませろクソっ」と気持ちもあれば「あと20年、職業人生の最後を迎えるにあたって、この1年の積極的休息がのちに効いてくると信じている」みたいなことも考えています。

まあ、どっちでもいいのですが「とりあえず休も」と思っているのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。