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自由に生きると、人生が楽しい

2019.07.09

こんにちは、萩ドットライフ()です。

30代でフリーランスになり、50代でセミリタイアをはじめました。どちらも同じ思考様式「自由に生きたいし、人生に選択肢を増やしたい」からなのですよ。すべて自己責任で実行していくのですが「そのほうがラクだよ」というのが僕の感想です。

ストレスのないポジション取り

僕はもともと、才能や適正なんて、自分の意思で後からどうにでもなると思ってる派なのですよ。

自分が「あれしたい、これやる人になりたい」と思いついたときに、自分の能力が不足しているのは当たり前のことだし、向き不向きなんてやってみなきゃわからないに決まってるのです。
当面は自分の思うがままに行動してみて、足りない部分はコツコツと学習で補っていけばいいのです。

人間って、寿命が来るそのときまで、ずっと成長過程だと思うのですよ。
いつ、何を、どんなふうに、始め/辞め、どんなタイミングで、どんなスピードで学び続けるのかは、自分で心地よいように進めればいいのですよ。

他人との比較、優劣の決定にばかり気を奪われても仕方ないのです。

とはいいつつ、僕は競争好きですよ。
もともと大学まではアスリートでしたので、日常的に競争を意識する生活をしていましたし、デザイナーになってからは、美術教育を受けていないことがコンプレックスでしたから、どこかで「他人よりも優れている部分」を探ろうとし続けて来ました。
(参考:何歳になってもコンプレックスを克服できない

さらに、ビジネスの場に身を置く以上「勝ち負けなんて気にしない」ということはありえませんし、娯楽としての競争は楽しいのです。

ただ、案件で集められたチーム内や、プライベートな人付き合いの場で、自分の有能さを誇示することにエネルギーを使いすぎるのはバカらしいと感じるのです。
無用なマウンティングに心を奪われるのは、窮屈(=不自由)なのですよ。

勝ち負けを気にするシーンって、自分のポジションがしっくり来てないときなんじゃないでしょうかね。
自己評価と異なるポジションにいると、他のポジションにいる人に対して「こいつよりもオレのほうが…」「どっちが上で、どっちが下なんだ?」と、小競り合いを始めますからね。

僕のフリーランスになったのは、そういうのがメンドくさかったからというのが原因でもあります。
フリーランスは、まずキャスティングされることでポジションを与えられますから、その案件が続いている間は「勝つ」ことをする必要はないのですよ。
もちろん、力不足だったり、あまりにもコミュニケーションに欠陥があれば、降板させられますけど…。

自分を勝ち負けとは関係ないポジションに置くことは、不要なストレスから解放されて、自由を感じることができるのです。

選択肢の多い人生

最近、ネット上やSNSで「フリーランスになりたがる若者が増えている」的な記事を目にすることが多いのですが、僕は賛成です。

自分がもう20年以上もフリーランスのデザイナーとしてメシを食っているので、今さら否定するわけにはいかないし「まあ、いろいろいいこともあったわな」とも思っているからです。

ただ、個別に相談されたら、まずは「やめとけ」って言いますけどね。
(参考:フリーランスになりたいと言ってくる人には「やめとけ」と答えます

僕がフリーになったころよりも、明らかに環境は良くなってるんじゃないでしょうかね。
情報も多いし、人とも繋がりやすいし、距離も関係ないし。その分、クソなヤツと出会う確率も高くなってるんでしょうけどね。

「選択肢が多い」って、とても素敵なことだと思うのですよ。

「自分らしく生きたい」って定型句がありますが、その自分らしさを、あ〜でもないこ〜でもないと、何回もトライアルできますからね。アタリをみつけたときに「自分らしさ、あった」って思えばいいのです。

現在50代半ばの僕が社会に出るころすでに「会社が死ぬまで面倒見てくれる時代じゃなくなる」って言ってたのですよ。
「転職ブーム」とか「フリーターブーム」とか起こりましたからね。
「学生ビジネス」とか流行り始めたのも、あの頃でしたかね? バブルでしたから、社会のフトコロが深かったという背景もあったんでしょうね。

当然「フリーランスになろう」って思いついて、行動した人って僕だけじゃないと思います。
よくわかりませんが、相当数いたんじゃないでしょうかね?

そういう意味では、自分で考えないといけないに決まってるし、それが最近目にすることの多い「フリーランスになりたがる若者が増えている」ということなんじゃないでしょうか。
たぶん「副業を認める会社が増えている」もその類ですよね。

自由な人生って「選択肢の多い人生」だと思うのですよ。

職業にしても、居住地にしても、自分の好きなタイミングで、自分で選べるようになれたほうがストレスも少ないですしね。

基本、自己責任

「自己責任」ってなんだか、突き放すような意味を含んだ言葉になっちゃってますが、基本、自分でやることには自分が責任を持つって、とても当たり前なことですよね。

「自由な人生を求めてもいい、だけど自己責任だよ」って、何の不思議もないですよね。

「自由を求めるのも、ラクじゃないね」ではないのですよ。僕は「自己責任だからこそラク」だと思っています。

20年以上前にフリーランスになって以降「自分の身の回りに起こることは、すべて自分のせい」だと思っています。
天気もです。雨が降るのは仕方ないけれども、それによってなんらかの不具合が発生するのは、僕が雨を想定した準備をしていなかったから。

そうなると、他人や社会にイライラすることがなくなるし、「ま。オレのせいだわな」が結論だと、何が起こっても諦めざるを得なくなるのです。
グズグズと後を引かないので、次に進みやすくなるのです。

結果、ラクなのですよ。

当然「寝転んでSNSやってればオッケー」的なラクではありませんよ。
あれやこれやとヒッシにならなきゃいけないことは山ほどあるのですが「自分のやることは自分が決める」という意味でのラクなのです。

今の「フリーランスになりたい」「自由に生きたい」という傾向、これからどんどんと「当たり前」化していくと思うのです。
フリーランスで働くこと、会社員で働くこと、両方ともやることをもっと自由に選べるようになってくるはずなのです。
もちろん、居住地も自由に選択できて、東京の会社に所属しながら、山口県萩市に住んで作業しているような人も増えてくるはずなのです。

30代半ばでフリーランスになり、50代半ばでセミリタイア生活をはじめた僕が、なんとなく感じていることなのですが、20代30代の方々が思う「フリーランスになりたい」と、40代50代のワシらが思う「セミリタイアしたい」って、同じような思考様式なんじゃないでしょうかね。

どちらも「自由に生きたい」だし「人生に選択肢を増やしたい」ということだと思うのです。
おそらく死ぬまで、そういうことを考え続けるのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。