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東京オリンピックの年が明けました

2020.01.02

こんにちは、萩ドットライフ()です。

東京オリンピックの年が明けましたね。僕にとってはオリンピックよりも自身の転機に関心が向かう1年になりそうです。いったん人生をリセットして、ココロとカラダとアタマの「使ってないとこ」を再発見するための2020年にしたいのです。

オリンピックイヤーが明けました

令和2年(西暦2020年)が明けましたね。

すっかり忘れてたんですが、ちょうど僕が50歳になった頃だろうと記憶しています。
なぜ、そう記憶していたかというと「2020年東京オリンピック・パラリンピック」がキーワードになってるからなのですね。

「オレ、いつまでこの稼業続けるんだろうな?」
「とりあえずオリンピックの年までは続けてみるか…。あとは知らねえ」

みたいなことを、かつて考えていたのですよ。

そう、オリンピック・パラリンピックの招致が決定していなければ、こんなこと考えるわけないのですから、平成25年(西暦2013年)9月7日(ブエノスアイレス現地時間)以降に思いついた考えに決まってるのです。

そのオリンピックイヤーが明けました。おめでとうございます。

いつの間にか「オリンピックの年までは続けてみるか」と思っていたことなどすっかり忘れていた僕は、その前年の2019年に20年以上続けていたフリーランスのデザイナー稼業から足を洗ってしまいました。

現在は無職なって長期休暇を満喫しつつ、オリンピックイヤーの年明けを迎えました。

満喫していると言っても「何もしないことを楽しむ」的な過ごし方ではなく、「自分の好きなことを自分の好きなタイミングでやる」みたいな方向に向かっていて、そのための準備期間を過ごしている感じなのです。

あのときの思いつきよりも1年早く「あとは知らねえ」の部分を考えはじめているのですが、これがなかなか楽しいのですよ。

「1年前倒ししてヨカッタ」と思っています。

さほどオリンピックに関心を持つことはなさそうです

僕は昭和38年(西暦1963年)生まれなので、人生2回目の東京オリンピックです。
1度目のオリンピックは、生後1年にも満たないときに開催されましたので、まったく記憶にありません。
家にテレビがあったのかどうかすら覚えていません。

あったとしても、白黒テレビだったはずです。

家に初めてカラーテレビがやってきたときの記憶、ありますから。
脚がついていて、天板はフラットになっていて、そこにレースをかけて飾り物を置けるようになっていました。

世の中的には、1964年東京オリンピックをきっかけにカラーテレビが普及したことになっていますが、僕が生まれた家では、数年のタイムラグがあったようです。

数日前から「カラーテレビが来る日」を意識していたように憶えています。

そして、人生2回目の東京オリンピックを迎える今年です。
もう何年も前からテレビを所有していませんし、僕自身が人生の転機の真っただ中なので、おそらくさほどオリンピックに関心を持つこともなかろうと予測しています。

僕は、体育学部を卒業していますし、チームメイトが日本代表に選出されるような環境でバレーボールをやっていた時期もありますので、それなりに気になっていますし、ちょっとした高揚感もあるのです。

それでも、この2020年は、自分自身の変化と向き合うことで精一杯の1年だろうと思っています。

「付き合いの悪い」1年になりそうです

上述の通り僕は今、無職になって長期休暇中です。
期限は決めていないのですが「少なくとも1年間はガッチリ休みたいな」と思っています。

休むと言っても、毎日ダラダラと自堕落な生活をしたいワケではなく、あらゆることをいったん「ゼロに戻す」フェーズを作りつつ、これから四半世紀先を見据えて、ちょこまかと考えたり動いたりしたいのです。

このブログ内で何度も触れていることですが、僕は「人生100年時代」を真に受けています。
75歳とか80歳くらいまで、生活の中に「労働」を置いておきたいのですよ。

現在56歳なので、あと四半世紀くらいかけて「もうワンゲームできるな」と思っているのです。

何を持って「ワンゲーム」とするかは謎なのですが、僕がフリーランスになったのが33歳。「いったんやめて、次の職業を作ろう」と思い始めたのが50歳を超えてちょっとくらいなので「それをもう1回繰り返せるかな?」と考えているのです。

もう1回、坂道を駆け上りたいのです。
(参考:[フリーランスの老後]人生のピークを先延ばしする

社会に出た20代のときの僕は「55歳で定年。あとは余生なんだろうな(当時、55歳定年の会社が多かったのですよ)」などと思っていたものですが、実際自分が50代なってみると、ずいぶん様子が違ってますね…。

なので、学びなおしたり、新しいことを始めたり、カラダを作り直したりする1年にしようと思っています。

去年からずっと、そんなことを考え初めていたし、このブログでもいろいろと書き続けていたのですが、心新たに「やるぞ!」と思っているところです。

せっかく作った長期休暇なのですから、自分がやりたいことだけをやり続けたいのですよ。
去年にも増して「付き合いの悪い」1年を送るつもりです。

新年早々、坂道ダッシュをしてみた

特に「カラダの作り直し」にはチカラを入れようと思っています。

以前からずっと、朝ランの習慣はあったのですが、そこに「筋トレ」「食事制限」「坂道ダッシュ」を加えようと思っています。

「東京オリンピック・パラリンピックの年だから」という影響も、ちょっとあります。

年を重ねるにつれて「体力って大切だなあ」と実感するのですよ。

その昔、競技者だった時代には「ちゃんと考えてプレーしろよ」とか「ワンブレー・ワンプレー。自分なりのイメージ作ってるか?」などと言われていたものです。
つまり「アタマで考えておかないと、ちゃんとカラダが動かないよ」という指導を受けていたのです。

それがだんだんと逆転してくるのですよ。

いつの頃からか「ちゃんとカラダを作っておかないと、アタマが動かないよ」と思うようになってきているのですよ。

「健康って大切だよね」は言うまでもないのですが、もう少し意図的に負荷をかけて、自分の脚で駆けて風を受けるとか、自分の腕でカラダを持ち上げてみるとか、汗ダクダクになるまで動き続けるとか…。

そういうことをすると、ちゃんと刺激として自分に返ってくるものがあって、アタマもココロも、ちょっと違うところが動き始めるのです。

さっき、新年初の朝ランから帰ってきました。
せっかくなので、コース中にある4箇所の上り坂を全力ダッシュしてみたのです。

全力疾走なんて、たぶん10年ぶりくらいのはずなのですよ。

朝ランの習慣はあっても、全力疾走となるとまったく要領が違いますよね。
足はバタバタするし、全然前に進まない、息は上がるし、鼻の奥がツンとなって気が遠くなってヘロヘロ。

3本目くらいからようやく、腰が前に出る感覚を取り戻しました…。

「あ、このカラダの使い方とか、視界が狭まってくる感覚。すっかり忘れてたな」と、懐かしい感じに包まれるのですよ。

ココロとカラダとアタマの「使ってないとこ」を再発見する2020年

同様に、ココロもアタマも加齢とともに使わなくなってるところがあるはずなのです。
なので当然、知的好奇心を満たしたり、理論的なことをアップデートもしますし、心を動かすために情緒的なものにも意図的に触れてみようと思っています。

こういうことに取り組むために、無職になって暇で退屈な日々を過ごしているのですから、やらない理由なんてどこにもありませんよね。

なんとなくですが、東京オリンピック・パラリンピックを境に、ちょっと世の中の空気が代わり始めるのかな? などと思っています。

よく「オリンピックを開催した都市は、経済が衰退する」なんていいますもんね。
信じる信じないは別にして、そういう空気は作られ始めるのでしょう。

それは「新しいものが熱望され始める」きっかけになるということなのでしょうから、歓迎すべきことだと思います。

「そんな空気の中でオレ、何かできる?」と考えることもあるのですよ。

社会の空気をガラッと変えるような大それたことなど、できようはずもありませんが、なんとなく楽しそうな顔をして、前に進み続けていたいな、と思うのです。

その準備として、ココロとカラダとアタマの「使ってないとこ」を再発見するための2020年にしたいのです。

やはり、こういう大イベントって節目感があって、いいものですね。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。