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セミリタイアの「セミ」のところ

2021.01.22

こんにちは、萩ドットライフ()です。

セミリタイア中なので「セミ」の部分に相当する仕事をしています。週に1日、5分間程度稼働する仕事です。それは、かつて僕に仕事を与えてくれた方々や、一緒に仕事をした仲間たち、環境への「感謝」や「未練」に繋がりを残す1本の細い糸なのです。

セミリタイアのスタイル

このブログ「萩ドットライフ」のサブタイトルは「山口県萩市でセミリタイア生活」です。
全ページのタイトルの後半部分に「萩ドットライフ ― 山口県萩市でセミリタイア生活」と記載しています。

たとえば、このページならば「セミリタイアの「セミ」の部分|萩ドットライフ ― 山口県萩市でセミリタイア生活」というタイトルになっています。

これ、ブックマークをするかhtmlソースでも見ない限り、全文がみなさんの目に触れることはないと思います。
PCのブラウザで見ても、タブ中に最初の数文字しか表示されませんもんね…。

こうして、ブログのサブタイトルにも記しているし、過去の記事中でも何度も触れているように、僕は現在セミリタイア中なのです。

ただ、元々がサラリーマンではないので、多くの方がイメージされるような「会社は退職した。でも、ときどきバイトや非正規労働をしている」というスタイルのセミリタイアではないのです。

僕の場合は、長らくフリーランスのデザイナーでした。
僕ひとりの事務所ではありますが、法人化もしています。

なので、僕のセミリタイアは、

  • 本業のデザインをほぼゼロにしているけれども、例外的に一部運用案件を残している
  • 売上は微々たるものだけれども、法人の運営事務は継続して残っている

という、ちょっと特殊な状態なのです。

例外的に残っている業務というのは、週に1日、5分程度の稼働で済んでしまう案件です。
法人の運営事務も、年末調整や決算、源泉所得税の納付など、季節的なことなのでさほど負担ではありません。

僕自身は「ほぼ無職」という認識だし、いちいち「ほぼ」を付けるのも面倒くさいので、このブログ内でもリアルの生活内でも「無職です」って言うことにしてます。
(参考:「無職」って言っちゃうとウソになる。でも言いたいのです

法人に関しては、前々から「個人成りしようかな」とも思っているのですが、休眠させることが面倒なことと、現在のコロナ禍で、法人に対する支援策を享受できる可能性があるので、赤字(というか、完全にポケットマネー経営ですね)ではありますが、存続させています。

今回はこのセミリタイアの「セミ」の部分。例外的に残している仕事について書いておこうと思います。

僕から降りるわけにはいかないのです

この「週に1日だけ5分程度稼働する」運用案件、これで数万円の報酬をいただいているので、効率がいいっちゃあいいのですが、この案件のために僕は毎週水曜日は完全に拘束されています。

更新の指示が来るタイミングもだいたい決まっているのですが、イレギュラーが発生しても対応できるように、先方の営業時間内は僕も作業可能な状態でいるようにしています。

某企業のイントラ上で稼働しているWebサイトに記載されているスケジュールと、そこからダウンロードできるPDFを毎週を更新しているのです。

他の仕事仲間に譲ってもいい仕事なのではありますが、どこかしらでこのクライアントと、中間にいる制作会社と繋がっている糸だけは切りたくないのです。

先方から「このサイトは運用を停止します」もしくは「他の人に任せるから降りてくれ」と言われるまで続けようと思っています。
僕から「降りる」とは言い出し難い案件なのです。

もう10年くらい前、メインクライアントだった会社から業務委託契約を解かれたことがありました。

理由は、メインクライアントの前身だった会社を含む数社が合併して新しい会社になった折、新会社の広告部門長から「旧社色が強すぎる、癒着している」と判断されたようでした。
又聞きの又聞きくらいの話なので、本意はよくわかりませんけどね…。

たしかに癒着関係にはあったと思います。
そもそも「癒着」とは、本来くっついているべきではない部分が、くっつき合っているという意味ですよね。

この言葉をビジネス上で使う場合、僕は「互いの期待を満たすレベルで、ギブ・アンド・テイクが維持されている状態」だと思っています。
(参考:ギブ・アンド・テイクについて考え方を整理する

なので「癒着」というワードの中に「悪い」という成分をあまり感じてないんですよね。

でも「旧社の広告部門と癒着してる、次回の業務委託はできない」と判断されてしまえば、それに従うしかありませんよね。
いわゆる「戦力外」ってやつです。

契約期間は2年間。契約が切れる前に受注していた案件はサイトクローズまで継続して残せるので、実質1年間程度そのクライアントとの取引は停止されていました。
そのまた次の業者選定のタイミングで、復帰することになるんですけどね。

「セミ」の部分は、感謝だし未練なのです

ただ、単純に名乗りを挙げたら委託業者に戻れたわけじゃありません。

これも又聞きの又聞きくらいの話なので、クライアント内でどんな話が行われていたのかは定かではありませんが、僕たちが外されている期間ずっと、復帰させるべく尽力してくれていた方々がおられたようなんですよね。

そしてある方は、発注先が委託業者である必要がない案件で、ずっと使い続けてくれていましたしね。

合併直後なので「元A」「元B」などとレッテルを貼り合いながら、社内政治が繰り広げられてる真っ最中にです。
前から知ってた方々も転職されたり、異動された方も多くおられました。

戦力外期間中も、ときどき飲み会は開催されてましたからね、なんとなく内部の様子は漏れ伝わってきてたのですよ。

なので、復帰が叶ったときの感謝は、とても言葉では言い尽くせません。

その後、僕はこのブログでも何度も書いているように、自分に焼きが回ってきたことを感じ、身を引くことを考え始めるのです。
大した恩返しもできぬままに、です。

当然「せっかく戻してもらったクライアントの案件を断っちゃうことになる。申し訳ないなあ」ということを考え、何年も逡巡しました。
でも「いつかは自分も含め、みんないなくなるんだから」と、自分の考えを優先することに決めて、今のセミリタイア生活に至ります。

この「週に1日だけ5分程度稼働する運用案件」が、そのときの感謝の気持ちを忘れないための、細い1本の糸なのですよ。

この案件がなくなるときが、長く生業としてきたデザインの世界や、みんなとモノを作ってきた場所との関わりが断たれるときなのだろうと思います。

今の僕は、無職になってとても清々しています。
でも一方で、細い糸を残しておきたい程度の未練は、まだ持っているのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。