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萩焼の切り高台

2018.11.24

こんにちは、萩ドットライフ()です。

僕が子供の頃ですから、もう半世紀近く前でしょうか。「萩焼の特徴は、高台に切り込みが入っていることだ」という説明がされていました。おそらく店頭でもそういう逸話も込みで、全国各地の消費者の手にわたって行ったのだろうと思います。

まず、自分の記憶を確かめる

数年前に、出資先であるシンガポールの出版社が、取材で山口県萩市を訪れることになり、それの同行で、萩市内を回ったことがありました。
その取材先のひとつに、萩焼を販売する店舗があり、そこでこの「高台の切込み」の話を持ちかけてみたのです。
すると「そんなものは、萩焼とは無関係です」と、言下に否定され、そっぽを向かれてしまったという出来事があったのですよ。

今回は、そのときに感じたことを書こうと思うのですが、その前に「オレの記憶、間違ってなかったよな」と、ググってみました。

<高台>
茶碗の胴や腰を乗せている輪の部分を「高台」と言い、この高台の一部を切り取ったものを「切り高台」や「割り高台」と言います。この切り高台も萩焼の特徴と言われますが、実はこの手法は萩焼に限ったことではありませんし、萩焼が必ずしも欠いてあるわけでもありません。しかしながら、茶陶として発展した萩焼は、茶碗の見所のひとつである高台に造形的表現を追求し、それが印象的であったことから特徴とされるようになったのでしょう。また、いつの頃からか「庶民が使うことを許すため、わざと切り込みを入れた」という御用窯らしい謂われが伝えられるようになり、これも“萩焼ならではの特徴”と思われるようになった一因かも知れません。
出展:萩焼について | 萩焼 陶芸体験 お土産 お食事 | 萩焼会館(2018年11月24日現在)

なるほど。「切り高台が萩焼の特徴」と言われているのは、確かなようですが、どうやらデマ(ここでは「風説」という表現にしときましょうかね)っぽいですね。
別のページでは、

これは切り高台と呼ばれ、萩焼の特徴のひとつとしてよく挙げられるものです。切り高台を萩焼独自の特徴と思っておられる方も多く、時には「高台を切っていないものはニセモノですか?」という問い合わせもありますが、そんなことはありません。
出展:高台の切り込みは何のため? | 萩焼 陶芸体験 お土産 お食事 | 萩焼会館(2018年11月24日現在)

という記述もなされているように、説を否定するのが、業界の流れのようですね。

真贋を疑ったと思われたのか?

僕が覚えていた「萩焼の特徴は、高台に切り込みが入っていること」は、過去の風説であり、現在は用いられていないことが明らかになった上で、冒頭のエピソードを振り返ってみましょう。

僕に「そんなものは、萩焼とは無関係です」とおっしゃった方は、正しいことを述べられたのですよ。
かつ、前述の萩焼会館のサイトで『「高台を切っていないものはニセモノですか?」という問い合わせもあります』と記されていることから連想するに、僕の質問は「これって、ホンモノですか?」と疑いを持った質問のように思われたのかもしれませんね。

その方の態度から察するに「ニセモノを扱う店が、取材なんか受けるわけないじゃないか」という反発心を持たれたのかもしれません。

僕自身、主体たるインタビュアーではなかったし、中途半端な記憶を頼っての質問でしたので「そうですか、失礼しました」と引き下がったのですが、そのへんの話を時代の移り変わりを絡めてレクチャーしていただきたかったのですよ。

かつては風説が放置されていたにも関わらず、なぜ現在はそれを否定する方向になっているのか? という物語も、日用品から美術品までのラインアップを誇る「萩焼」の価値をさらに深める要素だと感じるのです。

もしかして当時から、専門家の間では否定されていたものの、市井の人々だけが風説に乗っかっていたということも考えられますしね。

しかし、僕は東京生まれの方からも、この話を聞いたことがあるのです。

その方のお母様が、大河ドラマ(時代的にたぶん「花神」ですかね?)の影響で萩を旅行され、そのときに求められた萩焼を今でもお客様用に使っていると。
そして、切り高台の話も、お母様から聞かされて知っているということだったのですよ。

つまり、観光客の間でも、そういう話がなされていた節があるのですよ。
もしかすると、観光業者が広めたのかもしれませんし、店頭でそういう説明をしていたのかもしれません。

ストーリー作りは制作者から渡されたバトン

ある世代の萩焼ファンの間では、この「風説」がセットになってるのは事実のようなのですね。
ずっと萩市に住んでいる、僕の母もこの話が風説であることは承知していませんでした。

おそらく、多くの数の萩焼が、この「風説」とともに広まっているはずなのですよ。
先に紹介した方のように、ご家族が萩を訪ねられた記念として、萩焼を求められ、その思い出としてこの「風説」をお子様に語り継がれ、そのお子様が「二代目の萩焼ファン」として、萩に旅行に来られるということも十分ありうることですし、関係者はみんな、そう望んでいるはずなのです。

そして、萩焼の販売店の方に「萩焼って、この高台の切り込みが特徴なんですよね」「○十年前に母が萩で買った湯呑を今でもウチで使ってるんです」と、話しかけることもあろうかと思います。

そのときに「お母様がおいでになった時代には、そういう話をしていましたが、実は…」と、上手く情報をアップデートしてあげつつ、時代の移り変わりを共有してあげられれば、お客さんに歴史を感じてもらうことができて、素敵だと思うのですよね。

お客さんは、お母様の、貫入で黒ずんだアンティークの萩焼を思い浮かべながら、お店の方との会話を楽しんでくれるはずなのです。

僕は、これだけ広まった「風説」をなかったものとして扱うべきではなくて、物語として継承すべきだと思います。

多くの場合、消費者と制作者が顔を合わせることはありません。
消費者が萩を訪れて、商品を選びながら二言三言会話を交わすのは、販売者なのですよね。
作品を作るのは制作者ですが、言葉を作るのは販売者なのです。
店頭で、ちょっとしたストーリーを添えてあげることができれば「二代目の萩焼ファン」は、家に帰って、萩焼を使いながら、そのストーリーをご家族に語ることでしょう。

そして、何十年か後に「三代目の萩焼ファン」が再び萩を訪れてくれる日が来るような気がするのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。