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「作る」は「楽しい」への近道

2019.06.23

こんにちは、萩ドットライフ()です。

二拠点生活をはじめて半年以上が経ち、東京も萩も両方とも自分の居場所だと思えるようになってきました。僕は「作る人」なので「作る場所」が「楽しい場所(=帰る場所)」なのです。萩でも「作りたいもの」のイメージがぼんやりと湧き始めました。

「作る場所」が「帰る場所」

僕は今、二拠点生活をしています。一方は東京都江東区。もう一方は山口県萩市。
かれこれ半年以上、行ったり来たり生活をしているのですが、ようやく双方に対して「行く」場所でもあるし「帰る」場所でもあるような感覚になってきています。

しばらくは、萩が「行く」場所であり、東京が「帰る」場所だったのですよ。
それがだんだんと「どっちもどっち」になり始めています。

僕は社会人になってからずっと、デザイナーを生業にしています。
ずっと「作る人」であることが生活に染み付いているのですよ。
もともと「作る人」でありつづけたいがために、デザイナーになったような経緯がありますので、これから先、デザイナーではなくなりますが「作る人」ではあり続けようと思っているのです。
(参考:「作る人」で居続けよう

東京都江東区の清澄白河という街に引っ越してきたのが、2005年(平成17年)のことですから、以来ずっとここが僕にとっての「作業場(=作る場所)」だったのです。
僕にとっては「作る場所」が「帰る場所」なのですよ。

「作る人」である僕にとって「作る場所」は楽しいところなのです。だから「帰りたくなる場所」なのですよね。

会社を辞めたら会社に行きたくなった

ずっと昔、20年以上前。僕が会社員であることを辞めて、フリーランスになったときのことです。
会社を退職した僕は、一ヶ月間の休みを取ったのですよ。
東京にいるのがイヤだったので、その間ずっと故郷である山口県萩市の実家に居候していました。
今「萩の作業場」と呼んでいるところと同じ場所ですね。

ほぼ毎日、起きたらランニングして、それからビーチに行って寝転がって、夕方になったらお酒を飲みに出かけるような生活を続けていました。

その間、ずっと東京に帰ってからの「あれやりたい」「これやりたい」を考え続けてはいたのですが、まあテキトーですよね。基本は休暇なんですから。

それから東京に帰り、事務所兼住居を探し、引っ越し、事務機器を買い込み、法人登記の準備を開始し…。などなどと、事務作業を進めていたのですが、あるときから会社に行きたくなったのですよ。

これから自分が作る会社ではなくて、ひと月以上前に退職した会社。

その頃の僕のとって、まだ前の会社が「作る場所」だったんですよね。だから「会社に行きたい」と。
準備を進めている「今作ろうとしている自分の会社」は、まだ「作る場所」ではなかったのです。

その後「フリーランスになったころの失敗を記して、平成を後にしよう」という記事で書いたように舞台公演のプロデュースを始めるのですが「作ること」が始まると同時に、自分の会社が「作る場所」になりました。すると以前通っていた会社のことは、思い出すことすらなくなりましたね。

僕にとっての「作る場所」は、何かのきっかけによって、あっさりと更新されるようです。

「作る人」になると楽しいですよ

僕はずっとデザイナーという立場の「作る人」でした。
デザイナーは引退しても、デザインは続けるよ」でも書いたように、デザイナーというのは、成果物をアウトプットするための技術のみを指すのではなくて、そのマインドセット(思考様式)のことだと思っています。

この記事の文脈に合わせて、ものすごくザックリというと、「作る人として、当事者意識を持つ」ということなんですよね。

当事者意識を持つ(=眼の前の問題を自分ごととして捉える)と、目の前の困難が楽しくなるのですよ。
だから「作る人」で居続けることは楽しいことなのです。

二拠点生活に話を戻しますと、この半年の間に東京と萩、双方が「作る場所」であると思えるようになってきているのです。
ようやく、萩の作業場にいるときに見聞きする問題が、自分ごとになり始めているのだろうと思います。

うっすらと「作るべきもの」がイメージでき始めているような自覚もあります。

ずっと「東京の仕事が、田舎でもできる」を確認することが、二拠点生活の大きな目的のひとつだったのですが、すでにそのフェーズは終わり、「自分が萩にいることで作り始めたくなるもの」を模索するフェーズに入ってきているのです。

それは「田舎の人が考える田舎の問題」なのか「都会の人だからこそ見える田舎の問題」なのかについては、さほど興味はありません。
「せっかく萩に住むのだから、萩の人の役に立つものを作ろう」とも思っていません。

あくまでも「自分ごと」として処理をし続けたいのです。
それでも、何らかの意味はあると思うのですよ。

おそらく都市部よりも田舎の方が「作る人」の存在感は希少ですよね。

「作る人、来た」「あまり役に立たなそうだけど、楽しそうにしてる」「自分も、作る人になりたい」「自分が作ったもの、あの作る人に見てもらいたい」
と、「作る人」が増えることによって、行動の連鎖が生まれると思うのです。

「作る」は「楽しい」への近道だと思うのですよ。

作る人が増えることによって、楽しんでる人が増える。楽しんでる人同士の人間関係は円滑になるだろうし、コミュニティ全体が活性化する。
みんながアイデアを出しやすくなるし、なによりも行動する人が一目置かれる存在になる。

これって「地域創生」ですよね。

「みんなで問題を共有して…」「人がひとりでできることは限られている、分業が大切…」「よその成功例を研究・分析して…」などなどの手法を否定するわけではないのです。

「みんなが『作る人』になると、雰囲気が変わるよ。行動が変わるよ」と思っているのです。
ホントかどうか、あまり自信がないから「ちょっとオレ、自分でやってみるわ」といったフェーズなのです。

なんとなくイメージしているものは「時間のかかるもの」です。
このブログもそうだったりするのですが、暇なセミリタイア中のオッサンじゃないと、取り組めないようなものを作ってみたいと思っています。
すぐにできないものほど、作るのが楽しかったりするのですよ。そして、模倣されにくいのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。