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こっちの道でヨカッタって思うしかないよね

2020.02.21

こんにちは、萩ドットライフ()です。

萩に滞在していた2週間の間に移住先の家を見つけて、現オーナーとコミュニケーションを取ったり、司法書士や土地家屋調査士とミーティングをしたり、できる限りの段取りは進めてきたのですが、東京に移動してきてフと「これで良かったんだろうか?」と…。

選ぼうが与えられようが「こっちの道」でヨシ

これまでも何度か転機っていうか、人生の岐路みたいなものは数限りなくあって、そのときどきでは「ここが正念場。人生の大きな大きな転換点」みたいに思っていました。

でも、50代半ばになり振り返ってみると「結局、どっちでも良かったな」などと考えているのです。

紆余曲折の末「こっちの道」って決まってしまえば、その道なりの楽しさを見つけるし、満足感も味わっちゃうものなのですよね。

たとえば、学校の入試だったり、入社試験だったり、恋愛だったり、プレゼンテーションだったり。

そのときは「これ失敗したら、人生の終わりだ」なんてことを思うのですが、振り返ってみると上手く行かないケースのほうが圧倒的に多いし、それでもそこそこ幸せだったりします。

「もしあのときあっちの道へ進んでいたら、自分の人生はもっと輝いてたんじゃないか?」なんてことを思うことがないわけではありません。

自分が選んで「こっちの道」を歩き始めることもあれば、望んでいた「あっちの道」と上手くマッチングできずに、仕方なく残されたものから選ばざるを得ないこともあります。

どちらかというと後者の方が多いかもですね。

「結局あの失敗が、その後の糧になってるんだよ」と自分を慰めながら「オレ今でも引きずってるんだな…」などと考えることもあります。

でも「こっちの道」に来たからこそ、できたこと、会えた人がたくさんいるのですよ。

「あっちの道」は妄想だけど、「こっちの道」は現実です。
なんだかんだ言いながら「こっちの道でヨカッタな」ってところで折り合いをつけるしかないんですよね。

転機に芽生えてくる感情

ここ1年半くらい続けてきた、東京と山口県萩市の二拠点生活も、あと数ヶ月で終わりそうです。

かねてからの予定通り、萩に完全移住する段取りを付けはじめたからですね。
(参考:他人の趣味と向き合う ― 萩市の古民家を買うことにしました

昨晩、また東京に移動してきているのですが、萩での拠点を決めたあとで改めて見る東京は、ほんの少しだけ違って感じました。
(まだ、売買契約も済んでいないので「ほぼ決定」ですけどね)

これまでに何度、羽田空港と自宅の間を往復したことでしょう。

人の賑わいだったり、交通機関の発達具合、商業施設の充実などなど、この利便性が気に入って東京に住み続け、そしてその利便性過多に辟易して萩への移住を決めたのです。

でも「そっか数カ月後にはオレ、東京の人じゃなくなるのか」と思うと、ほんの少しだけ名残り惜しいような気もするし「まあ、また用がありゃ来るんだから。ただの引っ越しじゃん」という気もするし、なかなか不思議な気分でした。

そういえば、大学進学で萩から東京へ行くとき(千葉だけど…)はどうだったんだろう? と思い出してみると、さほど大きな転機だとは感じてなかったように思います。

その当時は居住地の移動よりも、志望していた大学に合格したことの方が影響が大きかったし、生まれてはじめての寮生活の方で頭はいっぱいでしたね。

そしてどこかしらで「卒業したら、萩とは言わないけれど山口県には帰るだろ」って思ってましたからね。そのときは教員志望でしたから。

東京のマンションに着いても「そっか。このマンションも数カ月後には売るか貸すかしなくちゃいけないのか…。あと何回ここで寝起きするんだろ?」みたいなことを考えてしまいました。

元から予定していたことなんですけどね。

実際にコトが動き始めると、ちょっと違う感情が芽生えてくるものなのですよね。

人は自分にとって「いい道」を選び続ける

いろんなことの歯車が噛み合って「さあ動くぞ」ってなったときって、ちょっとだけ後ろからシャツの裾を引っ張って、自分が前に進むのを阻もうとするチカラを感じません?

「この学校選んでよかったのか?」
「この仕事ってホントに自分がやりたかったこと?」
「人生のパートナー、この人でオッケー?」
「フリーになっちまったけど、これただの勢いだよね」
「セミリタイアして無職って、お金なくなったらどうする?」

そして今「ホントに萩に完全移住じて大丈夫? 東京、楽しかったじゃん」。

こういうのって、あまり年齢関係なさそうですね。

僕が買おうとしている古民家のオーナーさんも「あの物件、売って良かったんだろうか?」っておられるのかも知れませんね。
完全な空き家にしてたわけじゃなくて、月に1度訪れる別荘として使っておられましたからね。

オーナー夫婦もずっと二拠点生活をされてたんですよね…。
ご自分の年齢を気にして、売却を決断されたようです。
(参考:人生は、たぶん短い

これもまた、数年経てば「こっちの道でヨカッタ」って結論に至るんでしょうね。

おそらく僕は、僕の人生にとって「いい方の道」を選択し続けているはずなのですよ。
たとえそれが負け越し人生であったとしても、それが僕にフィットした楽しく面白い人生ということなのだろうと思うのです。

人は、そういう折り合いの付け方をするようにできてるのです。
それだけは確かなので、とりあえず好きなことを好きなようにやっていこうと思っています。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。