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「やわらかアタマ」を保つためのメンテナンス

2018.10.07

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「頭を柔らかくしなきゃ、老害って言われちゃうよ」なんてことを言いますね。とくに50代くらいになると「老害ってのは年齢じゃないんだよ、頭の柔らかさが問題なんだよ」なんてことを言いながら、自分が老害化していないか気にしてるものなのです。

高齢者は頭が固い

反対に「あなた、お若いんだから、もっと柔軟な発想を持ちなさいよ」なんていうのも定型句ですよね。

  • 高齢者は頭が固い
  • 若年者は頭が柔らかい

というのが、共通認識になってるように感じますよね。
「老害」という言葉も、これを前提にしていて「頭の固い高齢者が権力を持つことの弊害」みたいな文脈で用いられる用語ですよね。

でも「頭が固い」「頭が柔らかい」って、どういう意味なんでしょうかね?
いろいろググり回ってると「学習意欲がある人は柔らかい、ない人は固い」「自分の考えを改めることのできる人は柔らかい、できない人は固い」みたいな感じで落ち着いてるっぽいですね。

「だから、年齢ではないのだ」と。

これを根拠にして、高齢者が若年者に向かって「あなたは若いに、すでに老害だね」みたいな言い回しを好んで使いたがるのも、いかがなものか? とは思いますけどね。
自分を老害カテゴリの外に置きたくなるもんなんですよね、だから、自分以外の存在に「老害」レッテルを貼って回りたくなっちゃうんでしょうね。これも老害の亜種ですよね。

まず自分の今を疑う

「学習し、その上で自分の考えを改める」の前に、今、自分が思ってること、考えてること、得ている知識を日常的に疑う習慣を持っているかどうかが大切なのだろうと思うのです。
インプットした時点では正しかったことも、時間の経過や、環境の変化で正しくなくなっていたり、ベストではなくなっていたりしますからね。
延々と補正する作業は必要だと思うのです。その過程で、これまで知らなかったことを知るようになり、考え方も変わるのです。
「次の行動」を起こすようになりますし、「新しいこと」を考えるようになるのだと思います。

「もうこれ以上、補正しなくていいや、学習しなくていいや」ってなったときに「頭が固く」なるのでしょうね。

たしかに「高齢者は頭が固い」は、一理あるのですよ。加齢による生命現象という側面もあるのでしょう。
なにかを学ぶことがメンドくさくなるんですよね。今までに身に着けた知識でやりくりできるもんなら、それをやり続けたくなるもんなんですよ。
事実、古いワザを組み合わせることで、どうにかこうにかその場を取り繕うことができたりもするのですよ…。
なにかの問題に直面したときに「これから学習します」っていう人よりも「こう崩して、こう誘導して、こう投げて、一本です」って人のほうが重宝がられますからね。
そうしているうちに、新しいワザの取得を疎かにしている人を「老害」っていうんでしょうね。

「創造力(クリエイティビティ)」って、また別問題ですよね

結局、頭が柔らかい/固いって、創造力とはあまり関係なさそうな気がしてるんですよね。
「高齢者は頭が固い」「若年者は頭が柔らかい」のであれば、若年者であるほど創造力に優れている傾向が得られるはずなのですが、長年デザイナーを生業にしてきた僕の印象では、一概にそう言い切れないのですね。
もちろん、創造力に富んだ若者も多くいますが、オッサン・オバサンの中にはもっといます。
職業柄、創造力に乏しい人は、オッサン・オバサンになる前に退場してるって、生存バイアスもありますけどね…。

あまり同業者同士で「今、どんな勉強してます?」みたいな会話ってならないんですよ。
どうしても「DIYやってて、工具買った」とか「ジョギング用のシューズ、今これがいいみたいよ」みたいな話ばかりしてるんですよね。
それと、僕、同世代(50代)の同業者(Webデザイナー)と付き合いがないんですよね。というか、出会ったことがないんです。
定期的に会話をする同業者は、たいていひと回り下の40代くらいです。それでもこの業界では、彼らが「ベテラン」って呼ばれてる感じですね。
たぶん、大学にWeb制作のカリキュラムが加わったり、Webデザイナー課の専門学校ができ始めた、第―世代が彼らなんじゃないでしょうかね。

そんな年の開きがあるから「今、勉強してること」みたいな話題になりにくいというのもあるかもですね。

定期的に確認作業(メンテナンス)を

まあ、何はともあれ、もうしばらくは「知りたがり」「学びたがり」「やりたがり」を続けていきたいとは思っているのです。

ただ、自分ではそう思っていても、本当に自分は「知りたがってるのか?」「学びたがってるのか?」「やりたがってるのか?」という疑問は常にあるのですよ。
「そう思いたがってるだけなんじゃないのか?」と。
だから、定期的にその確認作業(メンテナンス)をしたいと思っています。
それが、以前投稿したように「また何かの初心者になりたい」なのです。
何か、新しいものに興味を持って、シロートからインプット過多の状態を作って、自分の学習対応力がどれほどのものかを確認するという作業を定期的にやっていきたいのです。

ちなみに前述の記事(また何かの初心者になりたい)は、2ヶ月半前(7月24日)に投稿した記事なのですが、まあ、ヒドい文章ですね。これを投稿したときは「これでいいや」と思ったってことですよね。
それを読んで今「ヒドいな」と思う……、ちょっと目が肥えてますね。これ、学習効果ですよ。

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