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「そんなに休んだら戻ってこれないよ?」でも、いいじゃない

2019.08.30

最終更新日:2019年10月04日

こんにちは、萩ドットライフ()です。

いったん離れて、自分を変えて。その上で戻ることができない場所なのであれば、そこはもう「戻るべき場所」ではないと思うのです。僕はこれから1年以上の長期休暇を取るつもりです。それは、今の居場所を捨てようとしていることと同じなのです。

1年以上の長期休暇を取ろうとしています

「え、1年間も休むんですか? そんなにブランク作っちゃったら、勘を取り戻すの大変じゃないですか。戻ってこれませんよ」

これ、僕がセミリタイア生活に入ることを決め、以降新規案件を請けないこと、手元の案件がすべてクローズしたら1年間の休暇を取ることを宣言したときに、15歳も年下の同業者(Webデザイナー)から言われた言葉です。

お互いフリーランスなので「あまり踏み込んじゃマズいな」と「自分にとって損か?得か?」を複雑に絡み合わせながら発せられたような印象を受けました。

  • 長期休暇を取ろうとしている僕に対する、やっかみ
  • 「真意は引退? それとも…」という探り
  • 僕という手が欠けることで発生する状況変化への抵抗
  • 「オッサン、身体大丈夫?」という労い

などなどが、混ざりあったような感じでしょうかね。

彼の言った「戻ってこれない」は、半分合っていて、半分間違っていると感じました。

僕は、20年以上フリーランスのデザイナーとしてメシを食ってきて感じていることのひとつに「いること(=存在感)って必要だな」と思っているのです。
当然、デザイナーとしてのアウトプットのクオリティとか、クライアントを説得する理論とか、流行を取り入れる加減とか、いろんなものがありますが、存在していることを認識されていないと、発注は来ないのですよ。

僕が長年、リモートワークの導入に逡巡してきたこともこれなのですよ。どうしても「距離から受ける印象」ってありますよね。
変わらず仕事ができることは、アタマで解っていても「あの人、田舎に引っ込んじゃったからな」が、発注に影響するように思っていたのです。

なので、1年も休むと「帰ってきたよ」から始めなくてはならないのです。

ただ、僕は「長期休暇後に就くべき職業もこれから作る。たぶんデザイナーじゃない。クライアントワークはしないと思ってる」ということは特に伝えていないのです。

有り体に言えば、僕は、居場所を捨てようとしているのです。
だから「戻ってこれない」でも、いいのですよ。

ずっと自分の居場所をキープし続けることを大切にしてきました。
そうすることで、仕事を得られ続けるし、お金ももらい続けることができるのですから、そりゃそうなりますよね。

だから、ずっと彼と同じように「休んだら戻ってこれなくなる。そりゃマズい」と思っていたのです。

今の僕は、そんな自分と決別したいし、そう思っている人たちが多くいる場所から離脱したいのですよ。

「いったんゼロ地点を作る」のです

このブログの至るところで書いていますが「いったんゼロ地点を作る」フェーズだと思っているのです。

いったんゼロに戻す工程ってあるのですよ。
たとえば、お風呂掃除だったり、キッチンの片付けだったり。運動部経験のある人ならば、グラウンド整備とかコートのモップ掛けとか。
「やり終わった状態」ではなくて「やる前の状態」を作る工程ですね。
(参考:準備作業としての、セミリタイアとか長期休暇とか

人には「波」みたいなものがって、定期的に「やってみたい」を思いついては、次々と試していくフェーズが必要なのだと思うのですよ。

たとえば、今の僕にとってのデザインのように、もともと好きなことを仕事にしていても、ずっとやり続けていると飽きがくるのです。
「これ飽きたから、次は別のこと」と、アタマとココロの使うところを変えたくなるのですよね。

以前「デザイナーは引退しても、デザインは続けるよ」という記事を投稿しましたが、それでも、僕自身が大きく変わることはないと思っているのです。
なんとなく「気分転換のための横展開」くらいのものだろうと考えています。

だから、1年の休暇を取ったあとに、今の場所に戻ってこれなくても、それほど強い喪失感に見舞われることはないはずなのです。

そこは「戻るべき場所」じゃない

20年ちょっと前にフリーランスになって、Webデザインの領域で仕事がもらえるようになって嬉しかったのです。
(参考:フリーランスになったころの失敗を記して、平成時代を後にしよう

なんだかんだで、20年もメシを食って来れましたから、どこかしらで自己肯定感が芽生えているのですよ。
「自分のやってきたことは正しい」と思いたいですからね。

反面、ココロのどこかに「オレみたいなもんが…」と冷笑的に見ている自分がいて、そいつが自己理論に凝り固まっている自分を見つけ出してくれるのです。

上で書いたように、僕は、いったん今の場所を捨てようとしているのです。
そして多くの「やってみたい」を試そうとしています。

そうすることで、他の違う方法とか、時代の変化によって生まれてきている楽しいこととかを取り入れることができるように思っているのです。

おそらく「セミリタイア」という考え方も、その一環なのです。

そういう行動を起こした上で、戻ることができない場所なのであれば、それは「戻るべき場所」ではないはずなのですね。

「そんなに休んだら、戻ってこれないよ?」に対する答えは「はい。そのように望んでいます」なのです。

これまで、ずっと続けてきたデザイナーは「リタイア」するけれど、セミリタイアの「セミ」の部分は、あたらしく起業するようなものなのです。

なのでこのブログ「セミリタイアします、仕事辞めます」と「新しいことにチャレンジします。あれやりたい、これやりたい」が並走している、おかしな立て付けになっているのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。