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「セミリタイア」をはじめて意識したとき(後編)

2018.11.09

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「そういえば、オレはいつからセミリタイアをしたいと考えるようになっていたのだろう?」と考えはじめ、過去を思い出しながら書き進んでいたのですが、どんどん記憶が蘇って来てしまい1回の記事では収まらず…。今回は「後編」といたします。

前回の『「セミリタイア」をはじめて意識したとき(前編)』の続きです。

「オレの人生、あと30年だな」と思ったとき

僕が50歳になる少し前だと思います。父親が認知症になったのですよ。

その当時、僕は10年程度、実家に帰っていなかったのです。その前も同じく10年くらいの間隔が空いていました。つまり、フリーランスになってからの約20年の間に1回しか帰省していなかったのです。その1回も祖母の葬儀への出席。そのときは、前日の夜に着いてホテルで1泊、翌日の昼過ぎには発ちました。

後述しますが、2013年に仕事で山口県萩市に行く機会がありました。
1週間程度、萩に滞在しながら、市内各所を回ったのですが、僕は実家を拠点にしました。

ほぼ20年ぶりに「ひとんち」のように感じるようになった実家に滞在し、風貌の変わった両親と会話をする機会を得たのですが、そのころ、父親は初期の認知症を発症していたように思います。
母親は「昔から、おかしなことを言って、人を笑わせる人だったから」みたいなことを言いつつ、父の「呆け」を受容したくない様子でした。
それから3ヶ月後に、父は徘徊を始めます。

現在、施設にいる父は僕と28歳違いなのです。その父の姿を見て「これがオレの30年後だな」と思うようになりました。

日本人男性の平均寿命が81歳くらいですから、だいたいそんなもんなんでしょうね。
アタマではわかっていたのですが、これをきっかけに「オレの人生、あと30年だな」と認識し始めたのです。

そうなると人間としての死よりも、職業人としての終末を考えはじめるようになったのですよ。以来「いつまでも働いてる場合じゃないぞ」と「もうひとつくらい、別の職業を体験できるんじゃないか」という考えが、常にアタマの中に共存するようになりました。

生まれ故郷の山口県萩市に取材で訪れたとき

前項で記した「2013年の仕事で山口県萩市に行く機会」とは、正確に言うと「仕事」ではなく、出資先のシンガポールの出版社が、取材で山口県萩市を訪れることになり、それの同行というか、便乗ですね。

シンガポールからネイティブのライターを伴って来日し、地方自治体の協力を得て取材。シンガポールでフリーマガジンを発行するという事業の初号を「山口県」をテーマにしたのです。
萩市役所の方の案内で、市内の各所を巡り、市長とも面談する機会を頂いたりしました。

「大人になって、はじめての萩」だったんですよね。
生まれてから大学進学で離れるまで、ずっと暮らしていた萩市ですが、ほぼ何も知りませんでした。

フリーランスになる1997年に1ヶ月の休暇を取り、萩の実家に滞在したことがあったのですが、そのときは、平日は午前中にランニング、午後は海に行って日焼け、夜は飲み会。休日は同窓会のイベントの手伝いと飲み会。みたいな、ダラけたスケジュールで過ごしていたのですが、そのときは「学生の帰省」の延長みたいな感じでしたね。

そしてこの間、リモートワーク状態になったのですよ。
とは言っても、数件のミーティングを「主張のため欠席します」と伝え、クライアントのサーバーへのアクセス(登録されたIPにしか権限がないんですよ)を仕事仲間に依頼するというだけだったんですけどね。
「あれ? 完全リモートワークも可能かな」と思うきっかけになったのもこのときでした。

おそらく「40代最後の歳に体験した故郷滞在」と「呆けかけた父との出会い」が、なんとなく上手く混ざりあったんでしょうね。
このころから「この街に帰ってこようかな」と思うようになったのですよ。

「終末の地を決めた」ってことじゃありません。東京も好きだし、他の地にも住んでみたいと思っているのです。
なんとなく「生まれた街で職業人として生きみたいな」とか「父親の次は母親かな、弟ひとりに担わせたら家庭崩壊しちゃうな」みたいな感じなんでしょうね。

資産と生産意欲と郷愁と

ここまで、前編・後編にわたって書いてきたように、まずは、オッサンになって、そこそこの資産形成ができたことが「セミリタイア」を意識する上での大きな要因であることは間違いありません。
「仕事やめても死なない」って重要です。

そのうえ僕は、消費によって自分のステータスを補強するような気質がありませんので、仕事道具だけには金をかけますが、衣食住にわたって最低限のものが揃っていれば、どうにかなるのですよね。
なんとなく「人生で一番、新しいことをはじめるハードルが下がってる時期って、今だな」などと思っているのです。

前編でも書いたように、僕はセミリタイアを「ちょっとだけ働く、ヒマなオジサン」とか「リタイアの予備動作」などと捉えていないのです。
「余暇を作って働き方を変えるフェーズ」だと考えてるんです。

以前「セミリタイアしたら、労働時間もっと増えちゃうんだろうな」という記事を投稿しましたが、おそらくあと20年は生産意欲が続くような気がするのですよ。
その生産意欲を満たしながら、クライアントワークを減らしつつ、スタンドアローン(自己完結)の働き方に変えていきたいのです。

そして、自分が生まれた街に対する郷愁ですね。

郷愁
1 他郷にあって故郷を懐かしく思う気持ち。ノスタルジア。「故国への郷愁を覚える」「郷愁にかられる」
2 過去のものや遠い昔などにひかれる気持ち。「古き良き時代への郷愁」
出展:郷愁(キョウシュウ)とは – コトバンク(2018年11月8日現在)

たぶん、人生の中でそういう時期ってあるんでしょうね。
以前「地域創生に強い関心があります。けれど……」という記事を書いたように、「地域活性化」とか「地域創生」なんて活動にもちょっと絡んでみたかったりもするのですよ。

いまのところ

  • 資産運用
  • 生産意欲
  • 郷愁

この3つで、僕が考える「セミリタイア」はできてるような気がします。
また状況は変わるかもしれませんが、とりあえずこれで「ここから20年のワンゲーム」をやってみます。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。