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スランプを越えるには、継続するのが一番ですよね

2018.08.31

こんにちは、萩ドットライフ()です。

「更年期なんだろうな」と思っているのです。今まで、なんてことなくできてた仕事が、なぜかやりたくなくなったり、上手にできなくなったりするんですよね。前にもこんなことあったっけな? どんどん請けるべきなのか、それともドップリ休むべきなのか?

いくつになってもスランプってありますよね

いちいち「僕はデザイナーという職業についているのですが」ってことわるのって、どうなんだろう? って思ってるのですよ。でも、仕事に関して言及する以上、「こいつ、何の仕事してるんだ?」っ気になりますよね? 自分の職業なんて、いろんなページで書いているのですが、「ブログの入口は検索エンジン」「1ページ読んだら、大抵の人は帰っていく」。そういうもんだと思ってるのですよ。
だから、1ページで情報が不足しないように、ちょっと書き足せば済むことなら、クドくても繰り返し書こうと思っています。他の記事を下敷きにして、何か書くときには繰り返すのは大変だから、リンクで引用することにします。

さて。で、仕事の話ですよ。
人はだれでも、スランプになりますよね、ならない人なんていないんじゃないかと思います。
いわゆる「天才」って領域の人はならなかったりするんでしょうかね?
今までできてたことが、なんだか上手にできなくなったり、仕事に対して気が乗らなくなったり…。

僕はデザイナーなので、アスリートほどわかりやすいスランプのカタチにはなってないんですよ。
「ホームランが打てなくなった」も「記録が出なくなった」ってのもないですからね。でも、自分が期待してたのとは全く違う評価が帰ってくる感じや、自分のイメージ通りの仕上がりにできなかったり、ちょっとズレや違和感がずっと残り続ける時期ってあるんですよね。

「一生懸命やってるし、今までと同じか、もう少し努力を増してるはずなんだけど、あとちょっと何かが足らない」みたいな感覚に苛まれて、モヤモヤし続けるんですよね。
自分なりの検証は繰り返してるんですよ。今まで、ダーッと流してた工程を分解して、ひとつひとつ指差し確認していく感じ。作業そのものだけじゃなくて、自分の気持ちに対しても。

続けるべきか、休むべきか

ちょうど今も「スランプ」って状態になっています。スランプのキツいのは、手が止まっちゃうことなんですよね。
「手数(てかず)を増やしていけば、その中からハマるものが見つけられる」みたいなことを考えたりもするんですけどね、考えれば考えるほど手が止まるんですよ。

作業の手を止められるのがイヤで「電話キライ」「作業場に他人の気配がずるのムリ」とか言い続けてるんですけどね、自分が原因で手が止まっちゃどうしようもないですよね。

今回は、気持ちも乗らなくなってるんですよ。
うまく言語化できないんですが「あまり、解決策をひねり出す必要性を感じない」とか「これがヤキがまわるってことなのかな? って感じてる」とか、年齢も年齢ですから、職業人としての最期を連想し始めちゃってるんですね。
デザインの仕事を嫌いになり始めちゃってるんですよね。とりあえず自分の中では「更年期障害の一種なんだろうな」ってことにしてるんですけどね。

「仕事請けるのやめてみるか」って思ってます。
以前「1年以上の長期休業をしようとも思ってる」という記事を書きました。「長期休業することが、何かの区切りになりそう」などと思っているのです。

作業してて煮詰まったら、散歩したり、昼寝したり、Youtube見たり。そうすると、また「さ、やるか」って案件に向かいたくなったりしますよね。
それの拡大版っていうか「考えても何の解決にもならないときは、考えるのを止めたらどうにかなるんじゃないか?」みたいなことを考えているのです。

「休む」を含めて継続するってことですね

なんとなく、イメージしてるものと、成果物として出てくるもののズレを気持ち悪く感じてるんでしょうね。
「思考は変化してるけど、手が追いついてきてない」とも言えるのかもです。
こうなっちゃうと、もう過去の自分がやってきたことまでわからなくなってきて「あれ。オレどうやって仕事進めてきてたんだ?」「今までこの場面で、こんなふうに考えたことなんかなかったぞ」みたいな感じになって、どんどん苦悩が膨らんで手が止まっちゃう、という悪循環に陥るんですよね。
だから「スランプだ」ってことなんですけどね。

過去を振り返ると、程度の差はあれ、スランプなんて何度も経験してて、そのたびにチョットずつ成長してきてるような気がしてるんですよね。
言い換えれば「スランプって、成長のために必要な工程なんじゃないの?」とさえ思います。

とりあえずは今の僕が「休もう」って思ってるので、それを実行してみようかと思っています。「休む」は「やめる」じゃなくて「続ける」の一部だと思っているのです。
休みながら、仕事ではない自分の好きなものを延々と作り続けるかもしれません。
休むほどに「もっと生産したい」とか「今の自分なら、思考と手がピッタリあってるかも」みたいなことを感じて、アウトプットが増えるような気もしています。
こうやって、なんだかんだ言いながら継続していくしかないと思っているのです。

そうすれば、また、新しく変わった自分が見えたりもするのかな? などと考えて、ちょっとワクワクしているのです。

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