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人脈作りなんて意味ないと思ってる

2018.12.25

こんにちは、萩ドットライフ()です。

僕は「人脈」という言葉をあまり好んで使わないのです。人間関係を自分に都合よく使おうという意図を感じて気に入りませんし、そもそも、他人が自分のために役に立ったり、利益をもたらしてくれることを望む前に、やるべきことがあると思うのですよ。

最近、ブログ記事のテーマの選び方が、連想ゲームみたいになっちゃってるんですよね。
前に書いた記事のことを思い出して「あの記事書いたとき、こんな膨らませ方もあったかもな」みたいなことを考えつつ、それを新しい記事のネタにしているのです。

今回テーマに選んだ「人脈」についても、先日投稿した「飲み会を「つまらない」と思うようになった理由」で、

おそらく、僕のポジションって、僕の周囲にいるヤツらの平均値くらいのはずなのですよ。なにかでそういう話を読んだことがあります。
(中略)
そういうヤツらと距離を取りたかったら「オレ、ガンバレ」ってことなのでしょう。

という文章を書いているときに、「そういや『人脈』なんて言葉もあったな…」などと思いついていたのですよ。

これについて書き始めると、話が横道に逸れそうだし、上手に「飲み会」の話しに着地させる自信もなく、言及せずに流してしまったので、今回の記事のテーマにしてみたのです。

つまらない」「要らない」と来て、今回の「意味ない」という後ろ向きなテーマが続きますがご容赦を。

50代半ばにもなりますと「シンプルで、スッキリしてたほうがいいな」「アレ要らなかったな、コレ無駄だな」などと思うようになるものなのですよ。

「人脈」ってなんなんでしょうね

さて「人脈」についてですが、その意味をググってみると、

じん‐みゃく【人脈】
《山脈・鉱脈などになぞらえた語》ある集団・組織の中などで、主義・主張や利害などによる、人と人とのつながり。「豊富な人脈を誇る」
出展:人脈(ジンミャク)とは – コトバンク(2018年12月25日現在)

ということらしいですね。

なんとなく「友人・知人」とは、異なる意図を持った人間関係のように感じるのですよね。
どうしても「仕事に活かす」とか「利益をもたらす」「自分を助けてくれる」みたいな、損得勘定が含まれているような印象があるのです。

決して、自分の実力の補強にはならないように思うのです

「人脈作りなんて意味ない」というタイトルで、この記事を書き始めたのですが、僕自身、30年以上の職業人経験がありますので、「人脈によって救われた」とか「そうか、こういうのを人脈というのか!」という体験は少なからずあるのですよ。

ただ、いずれも共通しているのは、「結果的な人脈」なのですよね。
こうして「人脈」についての記事を書いているから、人脈というワードを使っていますが、そもそも「人脈」などと認識していないのですよ。

決して「人脈作り」に勤しんで得られた結果ではないのです。

たまたま、仕事でご一緒して、先方に気に入ってもらって、僕も心地よさを感じて、いつの間にかお互いが「一緒に仕事をすることを楽しみにするようになり」「ちょっとしたことを理由に飲み会や食事会を催すようになり」の延長線上で、ギブ・アンド・テイクが起こっているに過ぎないのです。

おそらく両者が「自分のギブよりも、先方からのテイクの方が大きい。こちらの方に義理がある」と思ってるんじゃないでしょうかね。
少なくとも、僕はそう感じながらお付き合いをしている人が多いし、その方が関係性は良好です。
(参考:ギブ・アンド・テイクについて考え方を整理する

結局、自分のギブに見合ったテイクが返ってくるものだし、いわるる「人脈」も、自分の実力に見合ったものが、自然発生的にできるものであって、会合で名刺を配り回って作るようなものじゃないと思うのですよ。

そういう意味での「人脈作りなんて意味ない」なのです。

人と会ってまず「自分にとって損な人か? 得な人か?」なんてことを考えても、楽しくもなんともないと思うのですよね。

仕事で出会った人ならば、自分の持ち場で最善のアウトプットを提供しつつ、相手の仕事も尊重することが人間関係の第一歩だし、世間話から始まった人間関係なのであれば、相手の人柄や話題に興味を持ちつつ、こちらからも楽しい話題を提供することが肝要だろうと思うのですよ。

その上で「こいつ、つまんないな」と思ったら、それで関係終了で構わないわけです。
もちろん、僕が相手から「つまんないヤツ」認定されることだって、当然ながらあるのですよ。

結局、自分のチカラに合った「人脈」しかできるワケないんですよね。
「他人のチカラで自分の実力を補強しよう」なんてことが叶うはずないのです。

「知ってる」よりも「知られてる」のほうが大切

僕は、なんかの会合で「お名刺交換よろしいでしょうか」ってやってきて、交換したら、ろくに話もせずに、違う人の前に移動して「お名刺…」って言ってる人が嫌いなのですよ。

ただ僕の場合、自分が名刺を持ってないことが多々あって、たぶん「会合で名刺持ってないヤツってなんなの?」って思われてるはずなので、あまり大きな顔はできないのですが…。

だって、そうやって名刺を交換した人の顔って覚えてます?
たぶん次に別の場所で会っても「お名刺交換よろしいでしょうか」って言いますよね。

そんなの「仕事に活かす」ことも「利益をもたらす」こともあるワケないじゃありませんか…。
名刺交換しただけの「知らない人」のままなのです。名刺交換したくらいでは「知ってる人」にはなりませんよね。

その上、「人脈」を「ビジネスに繋がる人間関係」だとすると、自分が誰かを「知ってる」ことよりも、自分が誰かに「知られてる」ことの方が有効だと思うのですよ。

ギブ・アンド・テイクで言えば、自分の方が相手に「ギブ」できる立場にいることですね。
「利益をもたらしてもらおう」「何かのときにを助けてもらおう」と、相手からの「テイク」を望んでる状態が良好な人間関係なワケありませんよね。

つまり「人脈とは、自分が相手を知っていることではなく、相手が自分を知っていること」だろうと思うのです。
「この人はいつもそれなりの準備ができてる人だし、それなりの熱量をもって対応してくれる人だ」と思ってくれている人を増やすことが必要だと思うのですよね。

そのためには「人脈作り」を意識した名刺交換やSNSの友達申請などではなく、自分のやるべきことをきっちりやって、信頼を得ることですよ。
自分のフィールドで、自身のレベルを向上させ続けることが、結果的に「人脈作り」になるのだろうと思うのです。

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