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目標も抱負もなく、生き方の姿勢などを

2021.01.03

こんにちは、萩ドットライフ()です。

数十年ぶりに「今年やること、集中すべきこと」みたいなものから解放された正月を過ごしています。無職なので当然スケジュールもスカスカです。目標を立てるでもなく、抱負を持つでもなく、なんとなく「生き方の姿勢をどうしよ」などを考えています。

目標とか抱負とか、そういうのは考えていません

何年かぶりに、やることもなければ、抱負らしきものもなければ、目標っぽいものも立てない、スカスカな年明けを過ごしています。

以前「年賀状、出しません。不要派なんですよ」という記事を投稿したことがあるように、僕はかれこれ20年以上前に年賀状制度を廃止しているし、初詣にも行きません。

東京に住んでいたころには「初詣をしつつ飲み会」みたいなことを思いつく人に付き合って行っていた時期もあるのですが、飲み会を中断して人で混雑している場所に出向くとか、ひたすら苦痛でしかないので行かなくなりました。

そもそも僕は四半世紀にわたってフリーランスだったものですから、年末年始といえども何かしらのやることがあったんですよね。

よく「年末進行」なんて言葉を使いますが、年末年始にまとまった休みがあることを前提にしているものだから、12月になったあたりから「年内に公開したい」って人が駆け込みで依頼してきて、それがひと段落すると「年明け早々にプレ見たい」みたいな人が現れますからね。

サラリーマンの方々は、そうやって自分の手から案件を離して休暇に入っていくのです。

それでも、電話がかかってくるわけでも、メールが入ってくるわけでもなく、手元にある案件は1週間後くらいに形にすればいいので、そこそこ暇だったし、そこそこ時間配分に余裕ができて嬉しかったりもしたんですけどね。

去年の正月が、無職になって初めての正月だったのですが、いま住んでる萩の家を探してる途中だったし、東京のマンションを貸すか売るか悩んでたし、二拠点生活に終えて萩市に本移住するタイミングも決めかねてる最中だったんですよね。

「車の免許も取らなきゃいけないな」なんて思ってましたしね。

去年の年明け早々に投稿した「東京オリンピックの年が明けました」を読み直してみると「オリンピックが終わったら世間の空気が変わるから、それを感じながらいろいろと自分のことも決めていこう」みたいな感じだったみたいですね。

まだ、新型コロナがどうこう言ってませんでしたもんね。

帳尻はひととおり合わせました

この数年間ずっと「仕事辞めるよ」「地方移住するよ」「セミリタイアするよ」って言い続けてきたのですよ。

おそらく、サラリーマンが「こんな会社辞めてやる」って言ってるのと同じような感じで受け取ってた人もいたかもしれません。
自分でも「何にも状況が動かない。オレ、口ばっかだな」って思ってましたしね。

僕はかつてフリーランスになるときに、サラリーマンも辞めているのですが、そのときよりも困難でした。

なんせまず「仕事要らない」なんて言っても信じてもらえないし、信じてもらっても「辞める」って伝わってない人を経由して指名発注がやってきますしね。
それでも「断わりゃいいじゃん」ではあるのですが、中には「断れない人」もいれば「断れない状況」もあるのです。

それに受け持っている仕事もあるので、その案件がクローズするまでお付き合いする必要があるんですよね。
終わりのない案件ならば、別の人や会社に引き継ぐことも考えられたのでしょうが、幸か不幸か僕が請けていたのは新築マンションの販売サイトの制作・運用だったので、時間が経てば完売してサイトもクローズするのです。

新規案件の受注さえ断れば、そのうち仕事はすべて手から離れるので、それを待っている期間もありました。
結局「オレ辞めますよ」って口にしはじめてから、5年くらいかけてようやく帳尻があった感じでしたね。

そしてまた、

と思っていて、こうしてブログ記事にもしているので、これがいまのところ「口だけ」のまま残っていますね。
今年はこの二つくらいをゆったりやりながら過ごそうと思っています。

それも「絶対にやり通すぞ」って感じでもありません。

先日投稿した「人生における仕事の役割を、過大評価してたかもしれない」でも触れたように、しばらくは「毎年、何かの入門者になるようにしよう」と思っているので「抱負」とか「目標」みたいな肩の力が入ったもんじゃなく、なんとなく気が向いたら取り組むようなイメージなのです。

好きなことでも、続けちゃうと楽しくなくなるね

学生時代にやっていたバレーボールでも、職業人時代のメシのタネだったデザインもそうだったのですが、好きなことでも毎日やってると楽しくなくなっちゃうときってあるんですよね。

競技ならば「強くなりたい、上手くなりたい」、職業ならば「仕事にありつきたい、もっと稼ぎたい」などのモチベーションで乗り越えていくんですけどね。

せっかくセミリタイア人になったんだから、ちょっと別の角度からものごとに向き合ってみたいんですよね。

競技者とも職業人とも異なるモチベーションを発見したような気もするし、「楽しくないんだったら、続けなきゃいいんだよ。置いといて別のことやろう」ってところに着地しても構わないのですよ。

なんとなく分かってるのは、好きなことは楽しくなりやすいけど、その楽しさはずっと続くわけでもないってことなんですよね。

なんか上手い言い回しがみつからないのですが、「楽しくなれてる状態」を繋げていくことを優先して、そのためにはやってることは変わっていってもいいし、好きなことを入れ替えるのもありにしたいのですよ。

「そんなの当たり前じゃん、みんなそうしてるよ」だとも思うのですが、ちょっとしたニュアンスの問題で、よくよく自分を振り返ってみると「楽しくないんだけど、好きなことをやリ続けてるんだから、楽しいと思わなきゃ」みたいな時間が長いんですよね。

だからこそ、前項で書いたように「毎年、何かの入門者になるようにしよう」なんてことを考えてるんですけどね。

いままで知らなかったことを知ると、ちょっと世界が広がって「これやってるとき、なんだか楽しい」って時間が増えるだろうし、いったん楽しくなくなって引き出しの中にしまい込んでたものの楽しさを思い出させてくれることもあるでしょううしね。

今年の正月は、とくに目標も抱負も設定しませんが「生き方の姿勢をどのように持とうかな?」みたいなことを考えながら過ごしています。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。