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人生にとって働くことの意味

2019.06.12

最終更新日:2019年06月17日

こんにちは、萩ドットライフ()です。

元来、働くことが嫌いだったんですけどね。楽ちんを求めてフリーランスになってるのですよ。それが最近「人生にとって働くことの意味」をすごく考えるようになってきていますし、「働き続けるぞ!」というマインドになってるのですよ、なんで?

働くことが嫌いなはずだったんだけど

このブログのあらゆる箇所で「後期高齢者、75歳とか80歳くらいまで働くぞ」とか「今のデザイナーを引退して、新しい職業を模索するぞ」などと書いています。

なんとなく50代半ば、そろそろ還暦をイメージし始めている今「もう一度、別の職業人生を体験してみたい」みたいなマインドになっているのです。
いっとき、どこかで拾ってきた「人生二毛作」という言葉を気に入って使ったりもしていますね。

フと「オレって、そんなに働くこと好きだったか?」などと思うこともあるのですよ。

そもそも、通勤したくなくて、決まった時間決まった場所に拘束されたくなくてフリーランスになって、それで解放された気になったまま、20年以上過ごしてきたのですが、本質は「お仕事やりやくな〜い」だったはずなのです。

それがどういうわけだかか、これからの人生と働き方について、ずっと考え続けているのですよ。

なんとなく「長い間働き続けて、資産も価値観も、働くことで作っって来たもんだから、生きがいになっちゃってるんだろうな」と感じています。
「生きがいなんだから、そりゃ辞めたくないよね」と。

人の価値観というものは加齢だったり、環境の変化で変わり続けるものなので、この辺が「新しい職業を…」という考え方の源なのだろうと思っています。
所得のハイスコアを狙い続けてたし、自分の能力を擦り切れるまで使い切ろうとしていた30代40台のころと違って「ユルく」「まったりと」「好きなことを」「好きな時間だけ」という思考になっているのです。

仕事を限りなく「趣味」に近い状態にしたいのです。

おそらく、その方が働くことから得られる喜びや充実感が大きくなるように感じているのですよ。だから、そういう状態を自分で作りだそうと、いろいろと試行錯誤している最中なのです。

今まで見たことのない景色

人生の折り返し地点を過ぎて、まだ見ていない景色を見たくなっているのです。
隣の芝生の青さを羨ましく思っているということもあるのでしょうが、今とは違う別の場所に、もっと楽しい自分の居場所があるような気がしているのです。

20年以上にわたって、フリーランスのデザイナーを続けてきて、ずっと「自分にしっくりと馴染んでる」と思い続けてきたのですが、新しい景色にめぐりいたい欲求の方が大きくなっているのです。

そのために「場所を変え」「働き方を変え」「思考様式を変え」ようとしているのです。
今まで持ち続けていた生きがいが、ちょっとサイズが合わなくなってきたので、お直しをしているような感じですね。

デザイナーという職業に落ち着いたときもそうだったのですが、最初っから「しっくりくる職業」なんて、よくわからないのですよ。

とにかく、いろいろとトライアルしてみないと、なんとも言えないのです。

僕は今、セミリタイア中だし、デザイナーという職業を辞めようとしているし、「もうワンゲーム」などと言っているのですが、どんな職業に就くかなんて決めていないのです。

前述の通り、ぐんと趣味に近づけていくつもりなので、数年かけていろいろ試してみた上で「今、これを職業にしています」にたどり着きたいのです。

たぶん「入り口が楽しい」ものよりも「継続することが心地いい」もののほうが向いてるはずなのです。

やりたいことを仕事にする

最近、よく見聞きする「やりたいことを仕事にする」という言葉があります。
僕は賛成です。

やりたいことじゃないと、熱中できないし、継続することが苦痛になりますからね。
「最初は嫌だったけど、努力を重ねているうちに天職だと思えるようになった」というケースも多いようではありますし「そりゃ、良かったですね」という感想も持つのですが、それでも「最初から好きだった」方がいいに決まってますよね。

もちろん「やりたいこと」の中に含まれる「やりたくないこと」はありますが、そのへんはバランスですよね。

僕は、フリーランスでい続けたいと思っていますが、決算とか確定申告とかは「やりたくないこと」なのです。
ずっと好きでデザイナーをやっていましたが、無駄なミーティングはクソだと思います。

完全に「やりたいこと」で満たされることなどないのですから、どうしても「概ね」になっちゃいますよね。

そして「やりたいこと」だけれども、それをするための才能や能力が備わっているかどうかは別問題です。
それでも僕は「やりたいことを仕事にする」に挑んでみるべきだと思っています。

途中で挫折することになるかもしれませんが、何かに熱中して、継続することは決して無駄にはならないのですよ。
挫折は失敗ではなく、成功が足りなかっただけなのです。

心の熾火(おきび)として残しておいて、何年か経ったあとに、再び挑むことも可能なのです。
(参考:新しい感情

たぶん暇に耐えられない

以前「フリーランスの僕が暇な時にやったこと」という記事を投稿したことがあります。
なんとなく「オレサマは、いついかなる時も努力を怠らなかったゼ」という仕立てになっているのですが、その根底には「暇に耐えられない」という僕の性格があるような気がします。

ひたすらゲームして遊んでる感覚なんですよね。
何もしなくていい、空白の時間って「楽」である反面、充実感に欠けるのですよ。

「達成感」とか「承認欲求」みたいなものを満たさないと、つまらないのです。
こういうものを程よく満たし続けることも「人生にとって働くことの意味」だろうと思っているのです。

あと20年くらいは、働き方や職業選びについて、あ〜でもないこ〜でもない言い続けているような気がします。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。