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無職になったら、チカラが抜けて楽になった

2020.07.22

こんにちは、萩ドットライフ()です。

家の売買やら引越しの準備などに追われ、無職になったとはいえ、思ったほどゆっくりと休めてはいないのです。しかし、以前の職業人時代と異なり他人と比べられることがなくなりましたから、とても快適です。チカラが抜けて、楽になっているのです。

無職になっても、さほど休めてはいません

こういう話は本来「無職になって、丸1年が経ちました」みたいな。切りのいいときに書くべきテーマだろうと思うのです。

僕が無職になったのが2020年9月なので、まだ10ヶ月しか経っていません。

ただ「無職になろう。今後、新規案件の受注を停止しよう」と、無職に向かい始めた頃に思い描いていた「無職」となんとなく違った印象を持ち始めているので、中途半端な時期ではありますが書き残しておこうと思います。

一部、惰性で続けている定期更新案件を除き、ほぼ仕事をしなくなっています。

それでもこの10ヶ月間、なんやかんやとやることが多かったのですよ。

もともと山口県萩市に移住をすることに決めていましたから、無職になったことをきっかけに、俄然張り切って家探しをはじめました。
(参考:他人の趣味と向き合う ― 萩市の古民家を買うことにしました

無職になったとはいえ、まだ会社を所有しているので、年末調整から年度末の決算などはやらなくてはならないのです。売上の多寡に関係なく、それなりにメンド臭いものなのです。

また、東京のマンションも売却することに決めました。
(参考:東京のマンションに買い手がつきました

そして今、来月の引越しを控えつつ、東京のマンションの引き渡し準備をしていて、わりとバタバタとしているのです。
以前「家の売買って、パワー要るよなあ(萩市の古民家購入編)」という記事を投稿しましたが、そのうち「(東京のマンション売却編)」も書くつもりです。

途中、新型コロナウイルス禍によって、スケジュールが進まなくなったこともありますが「当初、思ってたよりもゆっくりできないな」という印象なのです。

緊急事態宣言が出されている最中も「こうなったら、郵送で売買契約済ませよう」とか「鍵の郵送を持って引き渡しとしよう」などなどやってましたからね。
東京のマンションの内覧も皆無ではありませんでしたし。

8月17日に東京のマンションから家財を撤去する予定です。
そのまま山口県萩市に移動して、当初は実家に居候することになっています。

8月21日あたりから、萩の家の改修工事を始めるからです。

以前「古民家再生をDIYでやりたい」という記事を投稿したように、セルフリノベーションをやりながら生活するのですが、まずは電気やガス、バスルームなどの専門知識が必須な箇所は設備業者に依頼してから、新しい生活をスタートするつもりなのです。

新しい生活が始まったら、まずは自動車免許を取得するために自動車学校に通うつもりです。
こんな調子でバタバタしたまま1年が経過しそうな、そんな印象を持っています。

気持ちのいい毎日を過ごしています

それでも「いま自分はとてもいい状況にいるなあ」という感覚があります。

収入は月数万円に減ったし、「無職ったって、ぜんぜんのんびりできないじゃん」と少々苛立ちを感じることがあったり、東京を離れて萩市での暮らしを始めることに若干の不安を感じていたり、もともと思っていた「あれやりたいこれやりたい」の数々が僅かながら色あせたりしています。

それでも、数年前の忙しくしていた自分と比べてみたとき、今のほうが断然気持ちのいい毎日を過ごしているのです。

おそらく、忙しそうにしなくてよくなったからなのだろうと思います。

前項で述べたように、無職になってからもわりとバタバタした暮らしをしているのですよ。
反対に、無職になる前の僕は「忙しそう」にはしていましたけれども、他人に思わせているほど僕自身は忙しくはなかったように思うのです。

でも、忙しそうにしてないと「真面目にやってなさそう」に見えるんじゃないかと思ったり、忙しそうに見せることで本気感をアピールしたり、そういう「無理」を行動の端々に挟み込んでいたんですね。

それすることで僕に対して好感を持ってくれた人もいるはずなので、営業スタイルの一種だったのだろうと思います。

いまはそれが必要なくなったのです。
「ほんのちょっとだけ、チカラが抜けたなあ」という感触がありますね。

「誰とも比べられないし、比べなくてもいい」状態になったのも、なかなか快適です。

以前は、メインクライアントの同業他社の案件だったり、メインクライアント内でも僕じゃない人が手掛けた案件のWebサイトとずっと比較されていたのですよ。

「クソっ。上手いことやりやがったな」とか「どう? オレのほうがすごいでしょ」みたいなことを延々と続けていたのです。

楽しかったですけどね。
「楽しかったけど、苦しかったなあ」と思っています。

向かい合うことが当たり前だったものに、クルっと背を向けると「気にしなくても、全然大丈夫なんじゃん」という気になりますね。

これが「オッサンになって焼きが回った」という現象なのかもしれませんけど、いまの僕にはこちらのほうが向いているのです。

チカラが抜けて楽なのです

たぶん以降の人生で、自分の凄さを誇示するような仕事をすることはないだろうと思います。

それは「競争心」とか「自己顕示欲」を失うということではなくて、単純にチカラが抜けてる状態が快適なんですよね。

チカラを込めて仕事をしていたころと、違った考え方ができそうな感触に気付き始めているし、向き合うものも変わってきつつあるのです。
(参考:風通しの良い場所へ、見晴らしのいいところへ

無職になることを決めた当初は「1年以上の休みを取ろう。そしてまた再起動しよう」などと思っていましたが、無職になってみて10ヶ月。「まだぜんぜん休めてないなあ」という気がしています。

そして「また何か新しいものを見つけて、再スタートするぞ」という気がだんだん失せてきています。

これがいいことなのか、悪いことなのかはわかりません。
でも「ああオレ、疲れてたんだなあ」とは思います。

うまく言葉にできないのですが、これまで感じていた「疲れた」ではなくて、もっとしみじみと「もうあそこに戻っちゃダメだ」と感じるほどの「疲れた」なのです。

そして、無職になってチカラが抜けると、この「疲れた」がほぐれていって、とても快適なのです。
もうしばらくこの楽な生活を続けてみて、疲れがほぐれ切ったら、また何か別のものが見えてくるのかなあ? と思っているのです。

傍から見れば、単純に怠けてるだけなんでしょうけどね。
それはそれでいいのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。