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まず最初に「うん、いいよ」って言ってみる

2020.08.12

こんにちは、萩ドットライフ()です。

他人から何かを頼まれたとき、とりあえず「うん、いいよ」と応じたほうが、いろんなことが上手く回るなあ、と感じています。安請け合いみたいな感じになっちゃうこともあるけれど、人は「いいよ」って言ってくれる人に話しかけたいものなのです。

肯定から入った方が、ものごと上手くいく

いつ頃からそう思うようになったのか、よく憶えていないのですが、人に何かを頼まれたり誘われたりしたら、まず「うん、いいよ」って答えたほうがいいと考えているのです。

「そんなわけないじゃん。メンドくさ事を抱え込んじゃうことだってあるよ」と、否定する要素は山ほどあるのですが、ひとまずそういうことにしているのです。

僕の「見立て」とか「勘」って、ものすごく当てにならないのですよ。

第一印象で「こんなことやっても意味ないじゃん」とか「こんなことできるわけない、考えるだけムダ」みたいな印象をもったとしても、調べてみたり手を動かしてみたりしていくうちに、不思議とやり方が見つかったり、それをやってる事自体が楽しくなってきたりするものなのです。

僕は30年以上デザイナーを生業としていて、最初の数年間はグラフィックデザイナーでした。印刷物をレイアウトしたり構成を考えたりする係ですね。

当時(1990年代前半くらいですかね)は、インターネットなんて存在していなかったのです。もしかしたら、なんちゃら研究所みたいなところで「これからはWebだね」みたいな会話がなされていたのかもしれませんが、僕は知りませんでした。

その後、30代半ばでフリーランスになり、いったんデザイン業から離れて舞台公演のプロデュースなどを手掛けてみたりして、いろいろ変な失敗を繰り返すのですが「やっとメシ食えるようになった。助かったぁ…」という状況を作ることができたのですが、その鍵となってくれたのがWebだったのです。

「Webできるんなら、ちょっとお願いしたいことあるよ」が糸口になってくれたのです。

グラフィックを捨ててたわけじゃなくて、Web「も」できますよ、って感じの態度でしたけどね。
(参考:フリーランスになったころの失敗を記して、平成時代を後にしよう

最初は「これからはWebだ。ブルーオーシャンの今だからこそ…」って感じじゃなかったのですよ。
なんとなく関心はもっていたのですが「グラフィックのほうが格上だし本業。Webなんてまだまだオモチャ」くらいに思っていました。
(参考:Webはチャチくてダサかった

最初は、ある知り合いに「ホームページ受注できそうだから手伝ってよ」って言われて「うん、いいよ」って答えただけだったんですよね。

人は「YES」って言ってくれる人と話したいのです

それが結果的に「黎明期のWebに飛びついた」カタチになったし、50代半ばのついこないだまで「メシのタネ」になってくれたのです。
さして気乗りしたわけでもなく、なんとなくその場を取り繕うために頷いただけの「うん、いいよ」が自分の可能性を広げることになったのですよね。

その当時は、仕事がなくてヒマでしたからね。

この、黎明期のWebに関わることができた話は、僕の職業人生にとって最大級の出来事だったのですが、それ以外にも細々と「うん、いいよ」から始まったことってたくさんあるんですよね。

仕事が上手く回り始めて、クソ忙しくなってからも「うん、いいよ」で応じたことはいくつもあります。

「あんとき『いいよ』って言っちゃったしな…」と思うと、不思議と空いてなかったはずの時間を上手く整理したり、こじ開けたりしながら作業領域を確保できたりしちゃうものなのですよね。

この「うん、いいよ」から始めるスタイルを取っていると、頼まれごとが増えるのですよ。

他人の中で僕の信頼感が増しているのか? 「いい便利屋さんみっけ」と思われているのか? は、謎ですが、人はグズグズとできない理由を述べつつ結局拒否してくる人よりも、サクッと「うん、いいよ」っていう人に頼みごとを持ち込みたいものですからね。

おかげさまで、それで上手く仕事が回ってたのだろうと思っています。

ただ…。調子に乗って仕事を受けすぎて、変な生活リズムになって体調崩したり、メンタルやられてパニック障害の発作起こしたり、救急車に乗って病院に行くと血圧がドえらいことになってたり、心肥大を患ってたりと、健康に影を落とした時期もありましたけどね。
(参考:「セルフブラック」の功罪

何に置いても「適量」って概念を持ってなきゃダメなのです。

まず最初に「うん、いいよ」って言っときましょ

世の中的には「イエスマン」って、あまりいい印象を持たれてませんよね。

僕も20代半ばくらいまでは、上司や先輩・同僚に何かを言いつけられるたびに、心のなかで「仕事を押し付けられてる感じがイヤだなあ」とか「オレのこと軽くみてるから、気安く頼んでくるんだろうな」とか思っていました。

チャンスを伺っては「それは僕の仕事ではありません」とか「僕がそれをやる意図をご説明願えますか」みたいな抗弁をしたがってましたね。

そう振る舞うことが「カッコいい」と感じていた頃もあったのです。
他人の頼みを受けたら「負け」、押し付けたら「勝ち」、みたいなね。

僕(50代半ば)と同年代の人でも、まだそんな雰囲気を残してる人って、結構多かったりしますよ。

こうしてオッサンになって振り返ってみると、まず最初に「うん、いいよ」って引き受けたほうが良かったときのほうが多いように思うのですよ。

当然、安請け合いに繋がることもあって「なんで『いいよ』なんて言っちゃったんだろう。失敗したな」なんて後悔することもありますけどね…。

前述のとおり、どうにかこうにか突破口は見つかるものなのですよ。

どうしてもダメならば「いろいろと考えてみたのですが、これこれの理由でできません。サポートを追加してもらえませんか?」と、自分のチカラ不足を詫びつつ次の展開を提案できれば、それはそれで新しい機会を得ることに繋がりますしね。

なによりも自分自身に「できない理由探しから思考を始める」クセを付けないという効能があるのです。

ただ、決して「うん、いいよ」って言わない場面もありますよ。当然ですけど。

話のつまんない人から飲み会に誘われても「うん、いいよ」って言わないですしね。
(参考:距離を置きたい人

そのあたりは、自分なりの線引がなんとなくできてる感じです。

こうしてブログに「まず最初に『うん、いいよ』って言ってみたほうがいい結果に繋がることが多いよ」なんて書いてはいますが「なんでもかんでも」ってワケではないのです。

「だいたい、そんな感じかな」くらいのもんなのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。